[ ホワイトデー騒動記 ] 
 
01.拒否権はないのでしょうか?
 
 
 
 
「国光はちゃんと用意した?」
「何をでしょう」
 朝食の席での母の問い掛けに手塚は口の中の食物をよく噛み、飲み込んでから答えた。
 全く心当たりがないので幾分途方に暮れた表情ともなる。
「――国光」
「はい」
 まずい、危険信号を感じた手塚は居住まいを正す。母の笑顔はそのままに、取り巻く温度が1〜2度は下がった気がする。
 以前はそういった事すら感じ取る事もできなかった。近頃はそうでもない。あくまで以前に比べれば程度ではあるけれど。
 それはまぁ、ある意味鍛えられたと言えるのだろう。感情を掴み易いとみせかけて、その内面を知るのに大層苦労する相手と関わってきた経験が積み重ねられたという事だ。それでも未だ失言の類が無くなったわけでもないのだが。
「お給料の3ケ月分が基本よ?」
「・・・・・・・・・働いた事はありませんが」
 未だ真意はわからぬものの、そのまま「はい」と言い切るには不適切な言葉を修正する。
 いかに年齢より上に見られようとも、一応は中学生の身。アルバイトの類は未経験だ。
「ええ?そうなのかい?どうしよう・・」
「ふむ。わしの場合はそうなると年金支給額の3ヶ月分というところか」
「あらあら嫌ですわ。国晴さんもお義父様も。国光と景ちゃんの取り合いをするつもりですか?」
「孫に花を持たせてやらねばならんな。わしが参戦しては一人勝ちじゃろうて」
「あはははは。お父さんも冗談がうまい」
「本気じゃが」
「・・・・・・・・・少しばかり年が離れていませんか?やはり僕ぐらいの年齢が包容力があって」
「―――あなた?」
「いや、ははははは。冗談だよ。とにかく国光君、しっかりやるんだよ?」
「油断するではないぞ」
「帰りにでもちゃんと用意しなさいね。費用は三ケ月分のお小遣いを立て替えてあげるから」
「・・・・・・・・・はい」
 
 つまりこれ以降三ケ月小遣い無しという事なのでしょうか?
 そう問いたいが母の視線の前にその言葉を口に出す事もできぬ手塚だった。
 
 結局、手塚は母に持たされた軍資金を手に、夜半に訪ねてくる予定の跡部に「お返しの品」なるものを渡す為に、ホワイトデーの贈り物を買いに行く羽目となった。
 
 
 
 
 
 
02.いったいどうしろというのか
 
 
 
 
 煩わしい習慣だと常々思っていたが。それでも双方に通じる感情がある場合はそう捨てたものではないのだと知った。
 そんな、義務教育期間内における恋愛系イベントのとある日の事。
 
 律儀なもので跡部は恩を受ければそれに対する礼を忘れない。
母が、多分に自分の楽しみの為に贈ったであろうバレンタインデーのチョコレートに対しても、跡部はきちんと礼をする為に三月半ばのある日、いわゆるホワイトデーと呼ばれる日に手塚家へと訪れた。
 聞けばそれこそどこのアイドル歌手かと関心するばかりに大量のチョコレートを跡部は貰っているという。その全てに――勿論直接応対は無理であるが――お返しなるものをしているらしい。
 その気になれば、眩暈を覚えるような高級品をその多数の女性達(・・・・一部例外も居るらしいが)へと揃える事も可能なのが跡部を取り巻く経済状態。それでもそういった事に金を明かせる事はせず、全てに対し統一した対応をするのだと言う。
 個々の贈り物のレベルは呆れる程の上限があるらしいが、そこまで一つ一つを考慮する事はないそうだ。それはまぁ当然だろう。
お小遣いでは到底賄えないであろう高級品のプレンゼントをチョコレートに添えて贈ってくる者も居るらしい。もともとが富裕層で占められる氷帝学園の事、上流階級に属する者達の気合の入ったプレゼントなるものは間違いなく手塚からすれば眩暈を引き起こすような類ではないだろうか。
 だが、あまりにそういった方向が加熱してくと問題だと判断した跡部は、前もってバレンタインデーの前に注意を施しているらしい。そもそもバレンタインデーの由来はどういったものなのか、そして海外ではどういった風に行われているのか、その実例を二年生時は生徒会長の挨拶の中に織り交ぜ、一年生時は放送部に協力して貰い、そして三年生現在に至っては、卒業関連の行事に便乗しておいたらしい。それらは効を為しており、下手をすれば三文雑誌の記事を飾りかねないような問題は起きなかったらしい。
 前年・前前年共に跡部が高価・安価に限らず特別扱いしなかった事もあるのだろう。小さな包みに手製のクッキーが三枚程。個々の単価を思えば冗談ではないと思う女性もいそうだが、「跡部様のお手製」というプレミアは絶大なるもので感激のあまり泣き出す女子生徒も居たらしい。・・・・・・男子生徒の顛末は敢えて聞かなかった。
 得なのか損なのかつくづくよくわからない――いやそもそも、そういった事に絡む話は手塚にとって理解の範囲外でしかない。
 だが、たかだか2枚3枚程度のクッキーとはいえ、塵も積もれば山となる。総数的にはかなりな量になる筈だ。それを一人で作るのは難しい事だろうし、そもそも跡部がそこまでする必要はあるのだろうか。そんな疑問もあって、「樺地君が作ったのか?」と深く考えずに尋ねてみたら、がっつり殴られた。どうやら失言だったらしい。
 
 母に注意された事もあって、軍資金を手にした手塚は跡部へのお返しなるものを買っておいた。仲間内の様子を見ると、コンビニエンスストアで売っているようなキャンディーやマシュマロの類で済ませるもの、精一杯の背伸びをする者、様々だったようだ。
 手塚はどこに属するかといえば、背伸びの類にあたるだろう。しかもやむを得ず、だ。いや、跡部に感謝していないわけではないが、向こう三ヶ月小遣い無しというのは結構きつい。無駄遣いをしているわけではないが、テニス絡みだけでもそれなりに物入りだ。
 綺麗にラッピングされた包みを差し出すと、跡部はいたく奇妙な物体を見るような目つきを向けてきた。そして手を伸ばそうともしない。まるで罠か何かを見るような目つきだ。そういう反応が返されるとは思わなかった。
 
「・・・・んだ、こりゃ」
「バレンタインデーのお返しだ」
「は?」
「・・・・・・・バレンタインデーにチョコレートを貰った場合、お返しをするのが通例だと聞いた」
「まぁそうだな。通例としては。・・・・・で?」
「だからお返しだ」
 何だか意見が全く噛み合っていないような気がする。そして跡部は相変わらず手を伸ばそうとはしない。
「お返し?」
「ああ」
「バレンタインデーの?」
「そうだ」
「ホワイトデーだから?」
「他にどんな理由がある」
「・・・・・・・・・・・」
 手塚の言葉に跡部はたっぷり三分間瞑目し、考え込んだ。手塚はその間どうする事もできずに、プレゼントを手に持ったまま立ち尽くしていた。一体どうしたら良いのかわからない。  そしてゆっくりとその印象的な目を開いた跡部は手塚へと視線を合わせる。その瞳に手塚を気遣うような色が浮かんでいたのは、恐らく気のせいではあるまい。何しろその後に続いた言葉が言葉だ。
「――――――熱あんのか?」
「・・・・・・・・・・・」
 
 どうやら二人でゆっくり話し合いをする必要があるらしい。
 
 
 
 
 
 
 
03.随分な差ではないのか?
 
 
 
 
 手塚は諦めたように溜息を吐いた。
 ともかく、物を受取って貰わなければ話は進まないどころか始まらない。
 事の経緯が何であれ、すでに品物は手塚の手の中にあり、払ってしまった金は返ってはこない。ならば初志貫徹――とは意味が違うかもしれないが、目的通りに事を果たすべきだろう。それに、貰ってばかりではやはり気が咎めるという面もある。
「何でも良いから受取れ。それでいい」
「はぁ?てめぇ、何命令してやがる?」
 さっさと話を済ませようとしたが言い方が悪かった。跡部が目を剥くのも当然といえば当然。しかしながら、この面倒に巻き込まれた事による鬱屈が手塚の内にこもっていたのもまた事実であって、自分が悪いとは思いつつもむっとした表情となってしまった。
「別にそんな事はどうでも良いだろう」
「いいわきゃねぇだろ。大体てめーは他人に対する気遣いが皆無と来てやがる」
「お前に言われたくはない」
「んだと?この俺様は慈愛と気遣いに満ち満ち溢れているんだぜ?てめーと一緒にすんな」
 けっと、舌打ち混じりに悪態をつかれて「それはそうかもしれない」などと誰が頷けようか。咄嗟に返せはしなかったものの、脳内で反論を考えようやく適当な言葉が見つかったかと思った時、その場の空気を断ち切るかのような穏やかな声がかかった。
「国光、跡部君。御飯の用意ができたわ。降りていらっしゃい」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 あまりに良いタイミングに過ぎる気がする。もしや下で様子を伺っていた――いやこの部屋には盗聴器でも仕込まれているのではないかと思えなくもない。いや、ただの偶然でしかないのだろうが。
 跡部と視線を合わせ、どちらともなく話題を切り上げるタイミングだなと通じ合い、どちらも異論なく下へと降りる事にした。
 すでに父も祖父も席に着いており、「遅いぞ」「いや、それほど待ってはいないよ」と注意とフォローを貰い、「すみません」と侘びを入れる。こういう場においては跡部も筋金入りの猫を被り礼儀正しさを前面に出す為に、「申し訳ありません」と素直に頭を下げた。柔らかな髪が傍らで揺れる様を何となく感心してみてしまう。確かに跡部の方が自分よりは気遣いが上なのかもしれない、と思えたからだ。最も、それを本人に言うつもりなど全くないけれど。
 純和風の食卓は跡部の口にはどうだろうと以前は思ったが、「家庭料理に縁が無いのでとても嬉しいです」と、本当に嬉しそうに笑みを浮かべていった言葉はお愛想とは到底思えなかった。箸の使い方も綺麗で魚の骨も丁寧に避ける。和食を食べ慣れていないというわけではなく、家庭料理が嬉しいのだと食事の際の跡部の様子を見ていればわかった。
 普段はあまり会話の弾まない食卓も、跡部が居るとにぎやかとなる。騒がしいというわけではなく、活気に溢れるのだ。跡部が積極的に会話をリードするというわけではなく、そういった際にはどちらかと言えば聞き手に回っている。けれども会話は途切れる事もなく、父も母も祖父も楽しそうに歓談しているのだ。ここで手塚一人が外されているというわけではなく、要所要所で跡部が手塚に水を向け、言葉少なめながらも手塚も会話に参加している。
 
 この日の話題は日が日であるだけに、ホワイトデーの話となった。父と祖父が交互にお返しの品を渡すと、「そんな風に気遣いをして頂きたかったわけではないのですが・・」と、少し申し訳無さそうに、それでいてはにかんだ風に笑った。その笑みを正面からまともに受けた父と祖父のバックに、何故だか祖父のカラオケ十八番「狙い撃ち(@山本○ンダ)」が聞こえたような気がするのは果たして幻聴だけといって良いのだろうか。・・・・・・まぁ、跡部は狙ったつもりなど微塵もないのだろうけれど。
 しかしそれよりも何よりも。跡部は祖父と父からのプレゼントは受取ったわけだ。
 
 
 ・・・・・・・・・・随分な差ではないのか?
 
 
 
 
 
 
 
04.逃げたい
 
 
 
 
 食事が終わり、温かな茶を飲みつつの寛ぎタイム。
 従来ならば心休まる筈であるこの時において、手塚はなるべく早くこの場から逃げたいと思っていた。
 食後は慌てず騒がずゆっくりと。出来ればすぐには風呂にも入らず少しばかりこなれるのを待つ方が良い――わけであるけれど。
 階段を駆け上り己の部屋へと駆け込みたい程の切羽詰った状況。別の用足しを我慢しているわけではない。そしてその際には有無を言わさず跡部の手を取り共に遁走が正しい選択だ。
 なぜならば。
 母から受けるプレッシャーに次ぐプレッシャー。言いたい事はわかっている。敢えて先に口出ししないでくれているのも感謝しよう。けれども、あまり重圧を与えないで欲しいと思う。これでも自分は繊細なのだと、初めて自覚した。
 
「国光?」
「・・・・・・・・・・・はい」
 来た。
 内心は飛び上がらんばかり。しかしながら表情だけは平静を保つ。
 父と祖父は特に気にせず様子に気づかない。二人呑気に将棋でも始めそうな気配だ。
 どうせならば跡部もそこに混じってくれれば良かったのだが、無駄に聡い(と本人に言えば怒鳴りつけられそうだが)跡部の事、母との間に流れる微妙な空気――不穏な空気に気づき、不審気にこちらを見ている。
「ちゃんと渡したのかしら?」
「・・・・・・・・いえ。まだです」
「まだ・・・・?」
「はい」
「何をしているの?」
「・・・・・・・・タイミングを、逃しまして」
「そう」
「・・・・・・・・・・・・・」
 苦し紛れな言い訳なわけではない。事実、嘘偽りを口にしているわけではないのだ。
 しかしながら、先程よりもさらなる圧力を感じるのは一体何故なのだろうか。
 手塚としては弁明したい。言われるまでもなく、きちんと渡そうとしたのだ。しかしながら跡部が警戒して受取らなかったのだから仕方が無いではないだろうか。
 そう。あいつは何故だか意味もなく警戒してくれたのだ。一体毒でも盛られると思ったのだろうか。心外極まりない。こんなことならば乾のスペシャル特性乾ドリンクの作り方でも教わり、それをボトルに詰めてやれば良かったかもしれない。材料を選別すれば必要費用を使いきるのも難しい事ではないだろう。ただし、その後の惨事に目を潰ればという事にはなるが。少なくとも、報復がないと考える方が間違いだろう。
 いかん。これでは奴当たりだ。確かに腹が立つには立ったが、自分に置き換えてみてもあの場は不審に思う所かもしれない。
 とにかくこの場を逃れ、事の顛末をきちんと説明すべきだろう。母の命令だと言えば、跡部も疑う事はあるまい。・・・・・・少しばかり情けなくはなるが。
「―――跡部」
「んだよ」
「部屋に、来てくれ」
「・・・・・・・・・いいけどよ」
 こちらの様子を伺っていた跡部は、僅かに思案する様子はみせたがすぐに頷いた。この時、母と視線を合わせて頷きあっていたが、ここでどんな電波―――もとい脳内会話が取り交されたのか、激しく謎である。
「・・・・・跡部」
「アァ?」
「お前はうちの母と・・・・・どんな電波を交わしているんだ?」
「――――――」
 階段を登る途中、振向かずにかけた問いかけは無言の蹴りをもって返された。
 何をする!と怒鳴る前に「――誰が、電波、だって?」と、底冷えのする声音を聞いて、自分が誤った言葉を放った事に気づく。
 いやすまないさっきのは間違いだ会話を電波といい間違えたつい脳内にあることをそのまま口にしてしまった――――などと弁明しかけて慌てて口を噤む。これでは火に油を盛大に振り掛けるようなものだろう。
「・・・・すまない。言い間違えた」
「言い間違えにも程があんだろ。誰が電波だ、誰が。てめーん所の糸目と一緒にすんじゃねーよ。目は口程に物を言うってんだろうが」
「そうか。俺には読み取れなかった」
「はっ。俺様を誰だと思ってやがる。跡部景吾様だぜ?あの程度何てこたぁねえよ」
「そうか。跡部、さすがだな」
「・・・・・・・・・・・。てめーとも何度か視線で会話していたと思ったが?」
 他人事じゃねぇだろ、と指摘されて愕然とする。気づかず電波会話をこなしていたとは。
 これは果たして進化?なのだろうか。それとも成長?なのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
05.言っていたと思うが
 
 
 
 
 部屋に誘いはしたものの・・・・気まずい。
 先程の会話からして跡部の機嫌は下降したままだ。いきなり背を返さなかっただけましなのだろうが、どう取り繕えば良いのか決めかねている。
 しかしながら跡部の場合、不機嫌そうに見えてもポーズの場合がある。日頃鍛えられているせいなのか、並大抵の事では本気では怒らない。それにしては自分と居る時は怒らせてばかりのような気がするが・・・・いや気のせいだろう。多分。
 
「・・・・・・で?」
「何だ」
「・・・・・・てめーが呼んだんだろうが。今頃反抗期か?」
「いや。そういうわけではないのだが」
 不機嫌そうな表情は消えて、こちらを気遣うような目線。どうやら跡部は母との関係を気にしているらしい。
「じゃぁ何だってんだよ。わざわざ呼びつけやがって」
「あそこで渡すのは少しきつい」
「は?」
「だからこれだ」
「・・・・・・・・・・・しつけぇな、てめぇ」
 一応食事の場にも持っていっていた包みを、再び差し出すと跡部は呆れたような表情となった。
「借りは返す」
「・・・・・・まぁ、それならわからねぇでもねぇか」
 未だ不審そうにしているので、作為あるものではなくあくまでお返しなのだという意味を込めて言えば、妙な事にすぐに納得してくれた。随分簡単な事だ。
「最初からそう言やぁ言いんだよ」
「・・・・・・・・・・・」
 言っていたと思うが。いや、言っていなかったのだろうか。まぁどちらでも良い。とにかく受け取って貰えれば、この騒ぎも終息するのだ。
「ま、有難く受け取っておいてやる。てめーの努力を買ってな」
「・・・・・・」
 ラッピングを見て、くくと笑う跡部は手塚が買い物をする光景を思い浮かべて楽しくなってきたようだ。実際、かなりな苦痛だった。やたらと過剰に演出された店内を歩くのも、近づいてきた店員に根堀葉堀聞かれるのも、会計を済ませる間レジの前で立ち尽くしていなければならなかったのも、とにかく疲れた。
「開けていいのか?」
「ああ」
 青い瞳が楽し気に揺らいでいる。上機嫌に包みを開く跡部を見つめながら、そういえば誰かに何かを贈るなど、随分と久しぶりの事だと今更ながらに思い出した。
 
 
 
 
 
 
 
06.3ヶ月分か
 
 
 
 
 楽し気に包みを開く跡部を見ているとそこに至るまでの騒動も何という事ではなかったか事のようにも思えてくる。いや、精神的疲労はかなりなものだったが。
 しかし貰うチョコレートひとつひとつにあれだけの労力と財力をかけねばならないとは。男とは何たる悲しい生き物なのだろうか。いやそれだからこその借りなのか。楽に返せるものではない。なるほど。
 脳内で何となく納得していた手塚だったが、そういえば・・・と、跡部が用意した返の品なるものはもっとささやかであったとの記憶が掘り起こされる。
「・・・・・・?」
 因果関係に矛盾を感じる。
 だがしかし数が数だ。比較にならないだろう。
 それでも跡部ならば可能ではないかとも思えるが・・・・しかし跡部の小遣いなるものがどの程度の額かはわからない。×人数ともなれば天文学的にもなるのではあるまいか。いやむしろ逆に小遣いの類いは貰っていないのかもしれない。確かに必要経費はその都度請求し決まった小遣いはないと言っていた奴もいる。それなら納得できまいか。
 しかしそれにしてもこのバレンタインとホワイトデーにおける因果関係は経済格差の破綻とも言えるのではないだろうか。
 そう思えてくるのには理由がある。クラスメイトの一人が女子に「誰でも良いから愛のめぐみを!ギブミーチョコ!」と騒いでいた気がする。哀れに感じたのか、それとも気まぐれなのか、実は本気なのかは定かではないが、確かバレンタイン当日何人かからチョコレートを貰っていたようだ。それはコンビニエンスストアで売っているような10円チョコレートに見えたのだが・・・・たぶん見間違いではないだろう。それでも彼はとても嬉しそうだった。
 ・・・・・・嬉しいのだろうか。本当に。
 10円のチョコレートに対して、彼もお返しなるものを用意しているのだろう。しかし確か普通の中流階級の育ちでいつも小遣いが足りないと騒いでいたような気がするのだが。これはやはり価格破壊ではないのだろうか・・?
 
「・・・・給料3ヵ月分か」
 重いな、などと手塚は思わず言葉を声に出していた。
「はぁ?お前、何言ってんの?」
 呟きを聞きとがめた跡部が、不可思議な生き物を見たかのような視線を手塚へと向けた。
 
 
 
 
 
 
 
07.母だが
 
 
 
 
 言葉一つで全てを察するというのは、実際大した特技だと思う。まさに上に立つ者の資質なるものを持ち合わせているという事だろう。
 
 
「―――あの、なぁ。念の為確認しておきてぇんだが、さっきの台詞はまさかこいつ絡みじゃねぇよな?」
 どこから話そうか頭の中で言葉をまとめている手塚にじれたのか、跡部が先を促してくる。否定する事でも何でもなく、その通りであるので手塚はこくりと頷いた。
「・・・・・・・・・・・・・そうかよ」
 はぁ、とがくりと頭を下げた跡部の形の良い後頭部が見える。普段見る事のない位置が見えるというのは新鮮なものだな、と何となく見つめている内に跡部の中で何かが決まったようだった。
 上げた顔は穏やかで評するならば母の微笑み・・?という所だろうか。手塚の母である彩菜の笑みとは多少異なるのではあるが。
「まぁ、あれだな。手塚だし仕方ねぇってか」
「・・・・・・・・」
 どういう意味だとの反論はひとまず飲み込んでおく。
「お前、また不二だか乾あたりに遊ばれたのか?」
「別にそういうわけではない」
「はん?ってぇと、意外性の方向から越前のガキあたりか?」
「違う」
「んじゃ誰に聞いたんだよ。その【給料3ヶ月】」
「母だが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、お前も大変だよな」
 意外であったのか納得であったのか。「そっちからかよ」と小さく呟いた跡部は手塚の肩をポンと叩いた。何やら深い同情を向けられたような気がする。
「ま、彩菜さんじゃ仕方ねぇか。後でフォローしておいてやるよ」
「・・・・・・・・必要ない、とは言えないな。有り難く好意を受けておく」 「そうしろよ。ったく、それでこいつね。ったく脳に虫でも沸いたかと思ったぜ」
「・・・・・・・・・・・・」
 開いた包みを覗きこんだ跡部の言葉に、少しだけ沈む。気に入らなかったのだろうか。経緯はどうあれ、贈り物となれば相手が喜んでくれる方が良いのは確かだ。
「―――まず、最初に前提条件を言っておく。ホワイトデーにバレンタインデーの三倍返しという風潮は確かにあった。あくまで日本でだけだが。欧米ではホワイトデーの習慣事態ねぇからな。で、この三倍ってぇキーワードだが、【給料】じゃねぇからな?貰ったチョコレートに対して三倍返しってのが慣例だ」
「・・・・なるほど」
「っても、別に3倍である必要なんざねぇんだけどな。あくまで気持ちなんだしよ。貰ったものに相当するもんで返すのが無難なもんだろ。返さない奴もいるし」
「それは礼に反するだろう」
「あぁはいはい。そう言うと思ったぜ」
 くすくすと軽やかな笑い声を立てる跡部は楽し気だった。馬鹿にされているのではないのだろうが、何となく気に入らない。
 更には、「てめーは生真面目だしな」と苦笑混じりに言われたので、「それはお前も同じだろう」と反論すれば、「俺様は柔軟性に富んでんだよ」と返された。結局、口では勝てないという事か。
 
 
 
 
 
 
 
08.お前は俺の事を何だと思っているんだ
 
 
 
 
「まぁ、アレだな。結局の所、バレンタインデーもホワイトデーも製菓会社の陰謀だよな」
「陰謀なのか」
「ああ。ホワイトデーなんざ特に飴屋のでっちあげみてぇなもんだ」
「・・・・・・俺はそんなものに踊らされたのか」
「いいんじゃねぇの?礼を尽くす。日本人の美徳だろ」
「跡部に言われると違和感を感じるが」
「あぁ?!」
「すまない」
「謝ってねぇよ!てめぇのはな」
 一応本気で謝ったのだが、跡部はそうとは受け取らなかったようだ。その為「そんな事はない」と重ねて言うが、「てめーが言うな。てめーが」とばっさり切り捨てられてしまった。
「・・・・・・まぁ良い。今日はこいつに免じて勘弁しておいてやる」
 その言葉通りというわけでもないだろうが跡部の表情は穏やかだった。そもそもがポーズであるだけで、怒ってはいないのだろう。ついでに言うなら腕に抱えた熊人形が奇妙に似合って可愛らしい。
「っかし、テディ・ベア、ねぇ。返しもんとしては有なんだろうがな」
「駄目なのか?」
「……いや駄目なんじゃねぇけど……相手によるな。女ならそれなりに喜ぶんじゃねぇ?子供扱いするなと反発する奴も居るかもしれねぇけど。ま、そういう空気読めねぇ奴はやめておけ。ろくなもんじゃねぇ。存外年上の女ってのにもこういうのは受けんだよな。大人の女が熊人形抱えてるってのも存外可愛らしいもんだぜ」
「跡部が抱えてる姿も愛らしいぞ」
「…………ありがとよ」
 素直な感想を口にしただけなのだが、何故だか跡部が一瞬口ごもる時折こうして黙りこんだりするのは失言のせいなのだろうか。だがこういう場合に罵られることは殆どないので何か他に理由があるのかもしれない。
「一点物と聞いたので跡部に相応しいかと思った」
「テディはそれが売りだからな。しかし量販店で――いや何でもねぇ。それでこいつは何のお遊びだ?」
 ポーンと軽く宙に放られたそれはくるくると回転しながら煌めいた。落ちてきた所を跡部の手がパシリと掴む。
「特典で付けれると店の人に進められたんだ。お得だろう?」
「……手塚、お前セット買いにゃ気をつけろよ。冷静に振り替えれば2倍買わされてるだけなんだからな」
「油断せずに行く」
「――どうだかな。通販番組で頼むのも止めておけ。契約書に印を押す時はよくよく考えろよ?即決はしないで可能ならば持ち帰り、一晩考えてからにしろ」
「・・・・・・お前は俺の事を何だと思っているんだ」
「手塚国光」
「・・・・・・その通りだ」
 あっさり返された答えに、何やら理不尽なものを感じるのは一体何故なのだろうか。微妙な疑問と思えなくもない。
 
 
 
 
 
 
 
09.駄目なのか
 
 
 
 
「ともかく、セレクトはそう悪くはねぇ。・・・・・・・・・女ならだが
 跡部は本音を小さく紛れるようにして混ぜ込めたコメントを放った。いくら手塚であっても気にするかもしれないという気遣い故だ。が、そんな跡部の細やかな気遣いを手塚本人が邪魔をしてくれる。
「最後の方が聞こえなかったんだが」
「・・・・・・気にすんな。ああ、だが次に女にこういうもんを渡す機会があったら、ちゃんと下調べはしておけ」
「下調べとは何の事だ?」
「・・・・・・・・・・・サイズだよ。サ・イ・ズ。靴でも何でもそれぞれにあわせたサイズがあんだろ?指輪も同じだ。指の太さは人によって違うからな、それに合わせたサイズって奴もあるんだよ」
「指は指でしかないだろう」
「あのなぁ。例えばてめーの所の1年の女と、てめーの手のサイズを比べてみろ。どれだけ違う?」
「なるほど。そういう事か。では、『これから指輪を贈りたいと思う。つまらないものに手間をかけて申し訳ないが、よければ指のサイズを測らせてくれないか?』とでも聞けば良いのか」
「・・・・・・・・・それも有りかもな。手塚だしよ」
「馬鹿にされたような気がするんだが」
 苦笑を浮かべる跡部に手塚が不満そうな口を挟むがこういう場合に手塚が口で勝てるわけもない。あっさり言いくるめられるに終わるのだ。
「感心してんだよ」
「そうか」
 それで納得する手塚を、跡部はこいつ色々危なっかし過ぎ・・・・と思ってしまい、従来の世話焼き癖が出てきそうになって困った。
 大体手塚ならば放っておいても大丈夫なのだ。何のかんのいっても自分で何とかするし・・・・あとは周りがフォローする。跡部がわざわざ口を出すまでもない事だ。
「どっちにしても日常的にはめてはらんねぇけどな」
「駄目なのか?」
「ラケット持つ時邪魔臭ぇだろ」
「ああ、そうかもしれない。すまない。考え無しなものを贈ってしまった」
「別にいらないとは言ってねぇ。チェーンで吊るしゃいいし。王冠なんて形をしてるしよ、そっちの方が良い」
「跡部に相応しいと思った」
「そうかい。ありがとよ」
「誕生石も付いていると聞いた」
「・・・・・ああ、そういや何か石があんな」
 手塚の言葉に跡部は手の中のリングを覗きこむ。王冠を象られたリングには飾り石として小さな宝石が埋め込まれていた。
「間違ってはいないだろう?」
「・・・・・・・てめーと同じ誕生月」
「ああ、そういえばそうだったか。だが俺はそういう事には詳しくなくてな。店の人に薦められるままに買ったのだが・・・・」
「手塚」
「何だ?」
「今度誰かに何か贈り物をする際は・・・・・・俺を呼べ。買物に付き合ってやる」
「いや。多分誰にも贈らないと思うが」
「はぁ?あのスダレ頭あたりにもやんねぇの?」
「スダレ・・・・大石の事か。特別何かを贈った事はないな」
「・・・・・・・・・」
 つまり跡部は特別だという事。そういった発言を作為なく突発的に落としてくれるのが手塚国光という男だ。
 これだからこいつの相手は疲れるんだよな・・・・と、手塚の視線から顔を逸らした跡部は内心一人ごちていた。
 
 
 
 
 
 
 
10.それは残念だ
 
 
 
 
「ともかく。これで借りは返せたな」
「・・・・・・・・まぁな」
「不満なのか?」
 微妙に声のトーンが下がった事を、珍しく察した手塚が跡部に気遣わし気な視線を向ける。
「別に不満ってわけじゃねぇけど。余計な手間かけて悪かったよ」
「手間とは思っていない。滅多にない経験に疲れはしたが、振り返ってみれば跡部への品物を考えるのは面白かったと思う」
「別にフォローしなくてもいいぜ」
「フォローのつもりはない。チョコレートにしても、やはり嬉しかった。一つも貰えないとなると、やはり気になるものなのだな」
「だったら来年からは断らずに受取れよ。そうすりゃチョコに埋もれる事も可能だぜ?」
「いや。それはやはり、断った方が良いだろう。俺には誰が本命で誰が義理でくれているのか皆目検討がつかない」
「全部本気だと思えばいいんじゃねぇ?手塚相手に義理でやろうって奴はいねぇと思うし」
「それは跡部も義理ではないという事なのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺がてめぇに本気でどうすんだよ」
「そうか。それは残念だ」
「・・・・・・・・・・・」
 冗談なのか本気なのか判別できない返しに跡部は少しばかり眩暈を覚えた。
 滅多にない冗談を口にして滑っただけならばまだ良いが、手塚家の思想に感化されてしまったのならかなり面倒な事になる。四面楚歌ならぬ手塚家包囲網などで囲まれた日には・・・・本気で逃げ場がなくなってくる気がした。
「・・・・・・来年にゃ、てめーに本命の彼女が出来てるかもしれねぇだろ」
「どうだろうな。その手の事は苦手だ」
「それなら、チョコレートは先着1名のみ受取るとでもしておけ。てめーの元に辿りつくまでの争いには一切関知すんな。そうすりゃ、面倒も殆どないだろ」
「一つ、か。それならば跡部からがいいな」
「・・・・・・・・・」
 生真面目な表情で呟く手塚は何処までが本気なのか本気でわからない。ただ単に面倒なだけかもしれない。いや多分そうだろう。そういう事にしておこう。
「――――わかった。来年も用意してやる。それで、三ヶ月分の返しを期待していいのか?」
「三ヶ月分もかける必要はないと言わなかったか?」
「さぁーて、覚えてねぇなぁ」
 うそぶく跡部に、手塚が眉を寄せる。今回はともかく来年もとなると考えてしまうのだろう。そのまま前言を撤回すれば良いと考えていた跡部だったが、生憎手塚は初志貫徹を通す事にしたようだった。
「仕方がない。計画を立てておけば問題はないだろう」
「・・・・・・・・・・・」
 んな事に計画立てんなよ・・、そう思う跡部ではあるが自分が言ってしまった手前、「さっきのは冗談だ」と言うのも躊躇われる。大体意見を翻した所で得をするのは手塚のみだ。いや、損得がどうといった問題ではないのかもしれないが。
 まぁ、手塚の祖父である国一と父である国晴には、来年もなにらかの品を用意しようかとは思っていた。ここで手塚のみを外すのも少々問題だろう。そう思い切ると、そんなに大した問題ではないように思えてきた。・・・・・・・・何か足を踏み外したような・・・・泥沼に足を踏み入れたような感がないでもないのだが・・・・多分、気のせいだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
11.問題ありません
 
 
 
 
 貰う物は貰った。
 渡す物は渡した。
 それぞれの利害が一致したわけで。
 
 手塚にしても、跡部にしても、この件は終息したという考えにて落ち着いていた。
 元々が事態を軽くみていた跡部。意識の外ではあったが、都合上考えざるを得なかった手塚。
 二人のどちらにしても、先まで引き延ばすような問題ではないと思っていた。
 
 だがしかし。
 周囲がすべからくそうであるとは言えない。
 こういう場合、本人達の意思及び希望及び願いなど、全く意味のない事となる。
 
 
 
 そろそろ時間であるからと、跡部は軽い挨拶だけを済ませて手塚家を後にした。その手の中には手塚家それぞれの者達(男性陣)より貰ったバレンタインデーのお返し、つまりはホワイトデーの贈り物がある。跡部にとってこの家の人達は損得無しで好意を向ける相手であるので、それらの扱いがぞんざいになる事はない。最後に玄関口で「有難うございました。大切にします」と微笑みと共に礼を言われれば、普段から厳しい表情が常となっている国一も、気弱気な微笑みが常となっている国晴も、それはそれは嬉しそうな表情になったものだった。
 ちなみにもう1名の男性枠である手塚国光はといえば、ようやく肩の荷が下りた事でほっと安堵した様である。
 
 それぞれが普段くつろぐ定位置へと散っていく中で、手塚の背に母の柔らかな声がかかった。
 
「国光」
「はい」
「今度はちゃんと渡せたのね?」
「はい。問題ありません」
「そう。それなら良いわ。何を跡部君にあげたの?」
「人形と・・・・指輪、ですが」
「あら。国光も案外やるようね。うふふ、お母さん、安心したわ」
「――――はい」
 
 きらびやかな微笑みを浮かべる母の前で、手塚はなにやら取り返しの付かない事をしでかしたような気になってきたが・・・・それがどういう事か考えつくには至らぬ為に、どこか不安を抱きながらも気のせいだと思い切る事にした。
 
 これからしばらく後に、手塚は跡部に「てめーのは自業自得だっ!」と罵られる事となるのだが・・・・それはいま少し先の話となる。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
12.何の因果だ
 
 
 
 
 どうして噂話というものは大きく手広くなっていくのだろうか。
 つくづく不思議な事だと手塚は思っていた。
 
 
「指輪をあげたんだって?」
「………」
 
 翌日学校についた途端の先制攻撃。しかも登校中の生徒が多数行き交う正門前。
 不二、それはないだろう。
 見ろ、お前の後ろで朝の挨拶をしようとしていた大石が爽やかな笑みのまま青ざめて硬直している。卒業間近というのに胃炎の再発は近いな。
 乾。背後に回っても無駄だ。木の影も同じだ。隠れた事にはならない。お前の怪しい気配は隠し様がないからな。
 
「ホワイトデーのお返しだって?」
「………」
「えー手塚やるにゃー」
「ふふ。全部断っていたのは本命がいたって事なんだね」
「………」
 お前は何故そんなに嬉しそうなんだ。お前のせいで正門前はひどい有様だ。俺達の周囲半径2メートルがぽっかり空いている。
 門との隙間を列を作って進め生徒達は窮屈そうだ。
 まて何故視線を逸らす。校庭を走らせるつもりなどないぞ。
 さらに何故走る。門を抜けた途端まるで遅刻寸前かのように走って行くのは何故だ。チャイムが鳴るにはまだまだ間があるぞ。全く忙しないにも程がある。
 
「誕生石付きなんだって?」
「………」
 どよめきが沸き立った。駆け抜けようとしていた生徒達もが一斉にこちらを振り向いている。そんな中、年配の用務員さんがゆったりと横を歩き抜けていったのがあまりに日常的すぎて少し悲しさを覚えてしまう。
 
 
 そうしてまとわり付く仲間達に気を重くしながらも教室へと向かったわけなのだが。
 扉を引いて黒板を目にした瞬間、意識がすぅと遠くなりそうになった。
 これは貧血だろうか。
 それとも昨晩の眠りが足りなかったのだろうか。
 
 
【手塚国光君 婚約おめでとう!】
 
 
 大きく書かれた文字の周囲を色とりどりのチョークが寄せ書きのように取り囲んでいる。
 何故だか手製の花ティッシュまで飾られて。
 
 これは一体何だ。
 お前達・・・・あれだけの時間の間に、これを用意したのか。
 
 これは・・・・・・何の因果だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
13.騒ぎになっている
 
 
 
 
 授業開始までは幾分の間があった。
 部長職(←職業ではない)で培った威厳と迫力なるものを駆使し、手塚は悪ノリし始めたクラスメイト達を怒鳴りつける事なく、落書きや飾りの類を撤去させた。
 腕を組み、眉間の皺を常より深くし、教室内を睥睨するように睨み付ければ、恐らくは発端になったであろう数人がそそくさと動きだし、それらを片付けだした。そして半ば怯えた風に「ご、ごめんな・・?」と謝罪もしてくれた。
 別に。脅しつけたわけではないのだが。
 まぁ、片付いたならそれで良い。口が立つ方ではないので、下手な弁明はむしろ事態を悪化させかねない。
てめーは黙って睨みつけた方がいい」との忠告というか助言を受けたわけではあるのだが・・そういえば跡部もどちらかと言えば視線で人を動かす奴だったと思い出す。
 微妙な空虚さを伴う教室内で、普段通りに振舞おうとしているクラスメイト達に関わらず、手塚は己の席に着くと鞄の中から携帯電話を取り出した。普段は授業が終わるまではしまいっぱなしにしているのだが・・・・この日ばかりは特別だ。
 
 
 
【話を広げるな】
 
 挨拶一つ無しで用件のみを打ち込み送信。アドレスは送信履歴の頭にあるので呼び出すのにも苦労はない。手塚としては恨み言の一つも言ってやりたい所なのだ。そのまま鞄の中にしまいこもうとした所、20秒も間を空けていないだろうか。即返といった素早さでメール着信。
 
【ざけんな】
 
 これまた一言簡潔こっきり。跡部の機嫌が知れようというもの。
 
【騒ぎになっている】
 
 数秒考えた後、まだ時間に余裕はあるのでもう一度送信メールを送った。跡部のように操作に慣れているわけではないので、幾分時間を必要としたが。
 
【こっちもだ。てめぇ、覚悟しておけよ?】
 
 手塚が送ったと思った瞬間に返ってきたような素早い返信。もしやインサイトか、とも疑ってしまう。語数も増えている。だが内容を読み取るに、こちらのせいになっていないだろうか。
 
【身に覚えがない】
 
 何故自分が弁明する側になったのかいささか不明であるけれど、誤解を受けたならば解かなければならない。情報漏出の心当たりは全くないのでそのように送った。
 
【てめぇ以外に誰がいやがる。失言大王の癖してよ。素直に認めろ。地べたに額擦り付けて謝りやがれ】
 
 完全にこちらのせいになっているようだ。そして文面から伺うに、氷帝側でも同じような状況になっていたらしい。
 これはおかしくはないだろうか。
 例えば明日であったなら、もしくは放課後あたりであったなら、思わず口を滑らせてしまったという事もあるかもしれない。だが、朝校門前で仲間達に会った時点で彼等は知っていた。もしかすると教室内のあの悪趣味な飾りも、かなり前もって用意されていたのではないだろうか。
 
【校門をくぐった時点で皆が知っていた】
 
 通話であれば弁明のしようもあるのだが、教室内のクラスメイト達がこちらに聞き耳立てている状態ではそれもままならない。火に油を注ぐ事になりかねないからだ。
 今度の返信は少しだけ(それでも1分程であるが)間があいた。その間、跡部の中でどのような葛藤があったのかは知る事ができない。
 
【今日、帰りにてめーの家に寄る。以降、苦情も質問も受付ねぇ】
 
 そっけなく切り捨てられてはいそうですかと頷くわけにもいかず、手塚は担任の教師が入ってきた事にも気づかぬまま、跡部へのメールを打っては送信し続けた。
 
 この様が、更なる噂の飛躍に繋がる事となってしまうのだが・・・・
 多分これはもう、自業自得として諦める他はないのではないだろうか。
 
 
 
 そんな、とあるホワイトデーの翌日の出来事。
 
 
 
END
 
 
 
 
 
 
[ 2007.03.01〜2007.03.14 ]
 
 
 
 
 
 
 
/. B A C K ./