客人を招いたまま、放置するのは無作法にあたると教えられてきたが、相手が相手であるだけに、まぁ少し待って貰うのも仕方がないか・・・・と思える。それぐらいには、手塚と跡部の間柄には親しさが築き上げられていると言える。
ちらりと、肩越しに背後をうかがうと、跡部は大人しく書物に没頭しているようだった。少し俯気がちな角度が、跡部の繊細で彫りの深い顔立ちを際立たせている。呆れる程に綺麗な男、というのは跡部のような奴を言うのだろうと、何度か感じた事のある感想を手塚は抱いた。
構えとか、つまらねぇとか、言われたら言われたで絶対困るに違いないのだが、そんな我侭を言ってくれないかと思う。しばらくぶりに会う恋人同士ならば、それぐらいは甘えてきておかしくないのではないだろうか。それとも、そんな風に感じているのは手塚だけなのかと、友人から困惑のままに押し付けられた鞄の中に入れたままの恋愛雑誌の記事を思い出す。
ああいった物に書かれているのは、普通の男女交際であって自分達のような異色の関係は当てはまらないのかもしれないけれど―――いや、そもそも跡部を規格に嵌めようとする事こそが間違いなのだと思い直す。
長い片思いの期間を経て、ようやく打ち明けた告白は、あっけなさ過ぎる程にあっけなく、あっさりしすぎる程にあっさりと、了承を得た。「好きだ」と、それこそ清水の舞台から飛び降りるような覚悟でした告白を、跡部はちらと一瞬視線を合わせただけで、「ふぅん」と流してくれた。そしてそのまま、「――で、更衣室の方は何処を借りれんだ?」と、週末に控えた両校の練習試合の打ち合わせへと話をスライドしてくれようとした。
いくら同性からの告白であるからといってそれはないだろうと、――いや、本気で罵倒されたり軽蔑されたり、ありえぬ事であろうが脅えられたりと、そんな反応をして欲しいわけでもないが――、スルーはないだろう、スルーは、と込み上げてきた激情のままに跡部の腕を掴むと、すぅと目を眇めた跡部は表情を完全に消した状態で「痛ぇ」と、手塚を制した。
「――すまない」
「加減知らねぇ奴だな。練習試合とはいえ、試合前に相手の部長に怪我でも負わせるつもりか?」
「本当に、すまない」
「はっ!つくづくらしくねぇな。青い感情に振り回されるなんざ、手塚国光ともあろう者がよ」
「お前が俺をどう見ているのかは知らないが、俺は単なる未熟な男でしかない」
「未熟、ねぇ。全国にその名を轟かす手塚国光が、ねぇ」
「そんなものは周りが勝手に騒いでいるだけだ。俺本人を見ているものではない。跡部の目にはどうだ?俺は同じように写っているのか?」
「さて、ね。―――面倒臭い奴、には見えるが?」
「・・・・・・・・跡部」
軽く流されるような会話にじれったさを感じる。大人びているとか、年齢相応には見えないとはよく言われるが、内面的には手塚は自分を酷く未熟だと思っている。そして、跡部は見かけに騙されがちではあるが、大層思慮深く、精神的に確立されているのだ。
「ったくよぉ、んな捨てられた子犬みてぇな面、すんなよな?俺も同じだ。てめーと一緒」
「それは、どういう・・・・?」
「ばぁか」
意味がわからず目を瞬かせる手塚の目前に、跡部の整いきった綺麗な顔が迫る。何を――?と問うより前に、唇の上を温かいものが――触れた。軽く、掠めるように、後から思い出してみても、それが本当の事であったのか、今でも信じ切れないでいる、一瞬の、接触。
その日から、跡部との関係は変化した。
ライバルから、恋人同士と呼べる関係に。
だが、それから何が変わったかといえば、意識の上の問題だけであって、恋人らしい行為といえば何もしていない。お互い忙しい身という事もあり、デートをしている暇などないし、どちらにしても人込みの中に出かけるのは好まない。
恋人としての行為というものも、手塚としてはどう対処すべきか実はわかっていない。行為が何を表すか、知らないわけではない。触れたいという気持ちもないでもない。だが、そんな衝動を促すような空気が二人の間で流れる事は滅多になく、そしてたまに流れたとしても故意か偶然かは知らないが、跡部が動き、霧散してしまう。実は恋人同士と思っているのは手塚だけで、跡部の方はただ手塚に合わせただけなのではないかと、近頃思えなくもない。
そんな風にネガティブな思考にはまっていた手塚の背を、跡部が軽く叩いてきた。
「――――どうした?」
「まだ、しばらくかかんだろ?」
「ああ」
「だったら、そっちでやれ」
「待て・・・・!」
ぐいと腕を引かれ、椅子から引張り上げられる。連れていかれた先は、床に置かれた小さな丸テーブルの前で、手塚と一緒に運ばれたノートと教科書はその上に置かれた。
「ここでやれ」
「・・・・・・・机の方が落ち着くんだが」
「ああそうかよ」
手塚の言葉を跡部は聞く気などないようだった。座れと命じる視線に逆らいそこね、結局床に敷いた座布団の上に座りこむ。仕方がないな、と諦めて、手塚は残る作業を進める事にした。
しばらく、室内には手塚の書き進めるペンの音だけが響く。姿勢のよい手塚は、正座したままピンと背を伸ばし、書道の教本のような姿勢でテーブルに向かっていた。
その背に、軽くはない重みがかかる。じんわりとあたたかな、温もりと共に。
「―――跡部?」
「いいから、そのまま進めやがれ」
「・・・・・・・・・・・わかった」
重いとか、やり難いとか、そんな言葉を手塚は発しない。
ただ、背中越しに伝わる重みと温もりに、滅多にない幸福そうな笑みを浮かべる手塚の姿があるだけだった。
微妙な空模様ではあったが、どうにか持ち越すだろうと思っていたのだが、そう思う通りにはいかなかったようだ。
日本の梅雨シーズンというものは、本当に雨に塗れている・・と、足元にはねてくる雨水に嘆息した。
鞄の中に押し込めた折り畳みの傘を取り出し、パキパキと折れを戻しながら広げていく。激しい雨が降っている時は長い傘を持ち歩くが、今日のように微妙な天気の場合は、折りたたみの傘の方が邪魔にならない。もっとも、実際雨に降られてしまうと、やはり長い傘を持ち歩くのだったと、軽い後悔は抱くのだが。
「―――ち、ついてねぇ」
「・・・・・・・・」
聞き覚えのある声音にゆっくりと振り向くと、そこには予測に違わぬ人物が居た。
同年代の中では、比較的高い方の部類に属する手塚と比肩する等身。すらりと均整の取れた体躯は、スポーツ選手というよりはモデルのように見える。着痩せするタイプなのか、本来よりも幾分細めというか華奢に見える。実際には、薄いシャツの下に包まれているのは、強烈なパワースマッシュを放つ、鍛え上げられた肉体だ。
手塚の方は店から出てきたばかりであったので雨の被害は受けてはいないが、跡部の方は通りを歩いている時にでも襲撃を受けたようだ。太陽の下ではきらきらと眩し気に光を孕む金茶の髪が濡れそぼっている。額に張り付いた柔らかそうな髪を無造作にはらう様が、いやに絵になっていた。
「災難だったな」
「まったくだ。・・・・・・・・・ア?」
「奇遇だな」
「――――確かに大した偶然だ」
突然顔見知りに声をかけられた事に、一瞬仮面が外れ素の表情を曝け出した跡部だが、すぐに持ち直した。ていつも通りの笑みを浮かべた。高慢かつ嘲りを混じえた挑戦的な笑み。端正で整った貴族的な風貌は、柔らかな笑みでも浮かべば、いかようにも相手を懐柔できるだろうに、跡部はそういう風に己の風貌を用いるつもりは全くないようだった。
「・・・・・んだよ」
「いや」
「んなに注視されっと気になんだろ。思わず見惚れる程、俺様が男前なのはわからないでもねーがな」
「まぁ、その通りだ。水も滴るいい男という奴を、充分堪能させて貰った」
「―――――――てめーでも、んな冗談抜かすんだな」
ぽそりと呟かれた言葉に、冗談ではないのだが・・・・と内心思ったが、では本気なのかと問われれば、微妙に答え辛いところであるので、手塚は沈黙で流す事にした。
「タオルを使うか?」
「いや、あるからいい。ありがとよ」
「跡部は、どこかへ行くつもりだったのか?」
「目的地はここ、なんだがよ。この有様じゃ、品物濡らしそうだよな。ま、日を改めるさ」
手塚の問いに跡部は軽く肩を竦めた。手塚と跡部が立っているのは、都内でも品揃えに定評のある本屋の前で、手塚は中で買い物を済ませてきたばかりのところだ。
「ならば、この後の用事は?」
「特にはねぇな。この雨の中ぶらつくのも面倒だし、大人しく帰るさ」
「ならば、うちへ来ないか?跡部の家よりは幾分近いだろう。そのままでは風邪を引きかねない」
「んなにヤワじゃねー。だが、誘いは受ける」
「そうか」
憎まれ口を叩かれるのはいつもの事なので気にしない。むしろ、素直な跡部の方が収まりが悪く感じるだろう。
開いた傘の先に促すと、跡部は微妙に表情を歪め、動こうとしない。
「どうした?」
「別に、今更濡れようと問題ない」
「傘があるのに、敢えて濡れる必要はないだろう」
「・・・・・男二人で相合傘ってのもな。第一、俺ら二人じゃはみ出すだろ?」
「それほど小さな傘ではないが・・・まぁ、肩がはみ出すぐらいは御愛嬌というものだろう」
「余計悪ぃじゃねーか。てめー、大事な肩冷やすんじゃねーよ」
「気にするな。後遺症もないし、肩の状態は万全だ。俺としては、どちらかといえば跡部の肩を冷やす方が気になるが・・・・・・油断せずに行こう」
「ちっ。ここで押し問答してても仕方ねぇな。おら、傘は俺が持つから行くぜ」
「―――――ああ」
手塚の手から傘を奪い取った跡部に急かされ、手塚は雨の中へと足を踏み出した。
肌がじっとり汗ばむ初夏の頃。他所からは、そんな温度をものともせぬと思われるタイプがいる。
暑い暑いと額に汗を浮かしながら、パタパタと団扇がわりにノートや下敷きで煽ぐ友人を他所に、涼しげな顔で平然としていれば、そう思われても仕方ないというものだろう。手塚や跡部
の間で不思議と共通点は多いのだが、とはそういった面も実は似ていた。
「よ、邪魔するぜ」
「ああ」
部屋の扉の前で立つ跡部に手塚がはふいと振向いた。日頃はラケットを持つ手に、妙なマッチ感を醸し出す物体を見て眉を潜める。
「母に会わなかったのか?」
「ん?これか?何か手が離せねぇみたいだから、声だけかけてこのまま来た。って、やっぱ持ってった方がいいよな」
そのまま階下へと降りようとする跡部を「俺が行く」と引き止め、ついで言い忘れていた事に気づき「手土産をすまないな」と礼を言った。跡部は気にするなというのに、訪問時には手土産
を欠かさない。母も父も祖父も、そんなに気を使うことはないのだと何度も諭したが、それで持論を変える跡部ではない。今日の手土産はこの時期らしく、丸ごと1個の西瓜のようだ。
客人なのだからかけていろと促して、受取った西瓜を持ち下へと降りようとした所で、ちょうど母が階段を上がってきた。
「お出迎えできなくてごめんなさいね」
「いえ。お気になさらず」
「ちょうど鍋に火をかけていた所だったから。あら、西瓜。いつも有り難う。でも本当に気にしなくて良いのよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
母の言葉に跡部は微笑みだけを返した。これが見事に見惚れるような魅力的な笑みであったりするから実際困る。反論を封じる術を熟知している跡部という男は、手塚に比べ、そういう
面で実に練れている。
「外は暑かったでしょう?冷たい麦茶を用意したから、喉を潤してね。それから、採れたてのトウモロコシを頂いたから、ゆでてみたの。嫌いでなければ食べてみてね。とても美味しいのよ
?」
盆ごと手塚に手渡した母は、代わりに跡部の手土産の西瓜を受け取り下へと降りていった。
「苦手か?」
「いや。ただ、このまま食った事はねぇな」
「そうか。何の味付けをせずにも、ふかしただけで甘みを充分楽しめる。まぁ、海などで売られている焼きトウモロコシなども、あれはあれで風情があるが・・・・跡部はそういうものも食べた
事はないのか?」
「プライベートビーチしか行かねぇし」
「・・・・・・・・・そうか」
生活レベルの違いというものを感じ取り、手塚は溜息をつきたくもなった。一応、跡部に失礼であるので抑えたが。
「ふーん。庶民の海にゃ、そういうもんがあるんだな。なるほどね。海の家とかい奴か?」
「あぁ」
「興味ない事もねぇな」
「――――――跡部」
「・・・・この夏の間にでも、アイツら誘って行くか・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
ならば一緒に行ってみるか?と言いかけた手塚の言葉は、意識を外に飛ばした跡部の呟きによって遮られた。跡部の頭の中には、氷帝の仲間達の顔があるのだろう。彼等は見るから
に仲が良いし、連れ立って出かける事も少なくないらしい。それはわからなくはないが―――面白くはない。
「なぁ、これ、食っていいんだろ?」
「あ、ああ。こっちが手拭だ」
「へぇ。さすがは彩菜さん。用意がいいよな」
嬉しそうに塗らしたフキンで手を拭った跡部は、手塚から渡された茹でたトウモロコシを受取る。
くるくると興味深そうに回して見、やがて満足したのか、ポツポツとトウモロコシの粒をつまみ出した。
一粒つまみ、口に入れる。
また一粒つまみ、口に入れる。
その繰り返し。
「――――――」
何気なくその光景を見ていた手塚は、込み上げてくるものをくっと堪えながら、顔を逸らした。
もそもそとトウモロコシをつまむ跡部の姿は、日頃の俺様ぶりが嘘のように、まぁ何というか健気というか一生懸命というかとにかくあれそれ何とやら―――可愛いのだ。
平常心、平常心、と心頭滅却の4時を頭に思い浮かべながら、手塚は跡部から背を向けるようにして、自分もトウモロコシに手を延ばした。
カプリと齧りつき、咀嚼する。母の言う通り、確かに甘くて美味い。端から端まで齧りつき、あらかた食べつくしたところで皿に残骸を戻すと、じっと跡部が不思議なものを見るかのように
手元を見ていた。
「どうかしたのか?」
「てめー、食うの早いんじゃねぇ?」
何となく口惜しげに言う跡部の手元のトウモロコシは、まだ三分の一もクリアされていない。先程のような食べ方をしていれば当然だろうと思ったが、その瞬間、トウモロコシをつまむ跡
部の姿を反芻してしまい、再び手塚はよろめきそうになった。
「お、おい。どうしたよ?」
「・・・・・・なんでもない。それより、早く食べたいのならば齧りつけば良いんだ」
「齧る?」
「ああ。跡部の食べ方が悪いというわけではないが、焼きトウモロコシなどは、そうやって食べるものだ」
「へぇ。齧りつく、ねぇ」
「こうすると、広範囲を一挙に食べれるんだ」
実演指導とばかりに、手塚は跡部の手からトウモロコシを取り、齧りついて見せた。
「はーん。なるほどね。こうすりゃいいってわけか。―――ん、・・・・・どうだ?」
「・・・・・・・・・・・充分だ」
どちらにしても目の毒だ・・・・と思いつつ、手塚はいかに跡部に氷帝の仲間達と海に行く計画を止めさせるか、対策を練るのだった。
しとしとと窓越しに雨が降る中、パサリと頁を綴る音が響いた。
時が過ぎるのを忘れ、文字に没頭していた手塚は瞬間意識を引き戻される。
背からかかる負荷に初めて気づき、その重みとシャツ越しに伝わる温もりに自分一人ではない事を思い出した。
こちらに寄りかかるようにして、跡部もまた書物に集中している。外の雨にも似た、静かな表情だ。苛烈に輝く覇気ある笑みも魅力的ではあるが、こうして静寂の中にあっても跡部は綺麗な存在なのだと再確認する。
飾り気の無い室内において、ただひとつ華やかな光彩を放っているのが跡部という存在だ。その身から微かに香るフラレングスのせいもあってか、部屋の中に花が飾られているような、そんな感慨に浸る時もある。
互い家族からも、手塚の友人といえば跡部、跡部の友人といえば手塚、というように、真っ先に思い浮かべるのがそれぞれとなってから幾ばくもの月日が過ぎた。二人の関わりの多くは、テニスコートや河原などで軽い打ち合いをするか、時に休みの日などに釣りに行くという付き合いであるのだが、こうして互いの部屋で時を過ごすというのも少なくなくなていた。
親しくなる前までは、跡部といえば饒舌な、どちらかといえば多弁な印象があったのだが、跡部は深く知れば知る程に最初の印象を改める必要のある存在だった。
例えば母を前にした場合など、良家の子息そのままに礼儀正しく、それでいてフランクな面も垣間見せ、母を退屈させるような事もなく聞き上手で話し上手な跡部だった。手塚が帰宅してみると、二人で和やかに会話をしているという光景を見る事が何度かあった。
「どういう間柄なんですか」と、思わず尋ねてみた事があるが「おともだちよ」と、母にはあっさり返されたものだ。
例えば父を前にした場合など、これは時間帯のせいもあってそうそう二人きりで居る事などない筈なのだが、不思議と父もまた跡部と個々での関係を築いていたりする。休日などに、書斎で二人で話しているのを見た事がある。
どうやら、父は跡部からアドバイスを受けたりもしているらしい。社会人である父が一応は一中学生である跡部に、というと奇異な印象を抱くかもしれないが、跡部はその生まれと育ちのせいもあってか、すでにビジネスの世界にも関わっているらしい。
全く、あの氷帝学園においてテニス部で部長をこなし、しかもマンモス校と類せる生徒数の多い氷帝学園で歴代でも他に比肩する者が無い程のカリスマ性をもって、生徒会長を兼任してみせた。手塚もまた同様ではあるが、跡部のように10年たっても語り継がれるような強烈な印象を残してはいない。
例えば祖父を前にした場合など、あの気難しい祖父が跡部を前にすると盛大な笑い声を立てて笑っていたりするのだ。
跡部は日頃より多忙であるので、時に足が遠のく事もあるのだが、そんな際は祖父がどこか消沈した様を見せる。そして時折思い出したかのように偶然を装って「そういえば、景吾君はどうしているかの・・・・」と手塚に尋ねてくるのだ。それは暗に、「家に誘いなさい」と言っているようなものである。その証拠に、跡部がやってくると、最初は気のない素振りをしている癖に、必ずといって良い程に部屋に顔を出すのだから。まぁ、微笑ましいといえなくもないが。
どうも跡部には年上に好まれる気質があるように思える。そういえば、氷帝学園のテニス部監督である榊も、跡部に深い思い入れがあるようだし、その信頼感といえば傍目に見ても明らかだった。青春学園のテニス部顧問である竜崎先生も、跡部に対する評価は高い。「あの子は、プレイヤーとしても上質だけど、スタッフに欲しいね。将来、プロとして活躍もして欲しいと思う反面、裏方でも優れた才を発揮できるだろう。そして、[跡部]の名とあの子自身の能力があれば、表に立てば日本のテニス界を飛躍と発展させていく事もできるだろうね。全く、まさにオールラウンドな子だよ」と、賞賛していた事があった。その意見には手塚も同意できる。ただし、跡部が何を望むか、また彼を取り巻く環境がどこまでを許すか、それは色々と難しいのだそうだが。
「お前のような存在を
年上キラーと言うのだろう?」
「
あぁ?!」
「違うのか?」
「―――時に、たらしこみは必要だがよ。はん、だからてめぇも俺様が好きなのかもなぁ」
「・・・・・・・・・・そんなわけがないだろう」
手塚の言葉に最初目を剥いた跡部だったが、すぐにこちらをからかうかのような口調でそう言ってきたので、手塚は煽られているとわかりつつも憮然とした表情となった。
対処に困る人種というものが居る。例えばどうでも良い人物ならば、すげなく応対しても問題ないし、不快感を抱く相手ならば、遠慮をする必要もない。だが、それなりに親しく、また間に【好意】などという感情が介在する相手というものは・・・・とかく扱いに困るのだ。跡部にとって手塚家の人々というのは、この分類に当てはまる。そこには、あの手塚国光ですらも、含まれるのだ。
「景ちゃんは、国光の何処が好きなのかしら?」
「―――――はい?」
いいお茶が入ったのよ、との誘いを受けて手塚へと訪問した日の夕暮れ。国晴は勤めに出ており、国一は町内会の用事で呼ばれたとかで不在だった。本来ならば一番親しい筈の手塚国光も、学校からまだ帰ってはいない。たまたま跡部の通う氷帝学園において、管弦学部の講演会が重なった為、半ドンとなったのだ。
「誰にも・・・・国光にも話さないから、教えて欲しいわ」
「・・・・・・・・・と、申されましても・・・・・」
わくわくと、少女の如く瞳をきらめかせる相手に、戸惑いの方が先立つ。一体何を期待されているのかという所だ。恐らくは、テニスを外すと友人関係が皆無ではないかと思える一人息子の交友関係が気になるという事なのだろうか。
最も、跡部にした所で、手塚との間にはテニスという糸での繋がりしかない。多少は親しくなた近頃であるので、休日で開いた日が重なれば釣りに出かける事などもあるが。また、夏の折には何故だかサイズ違わず用意されていた仕立ての良い浴衣を半ば強制的に着せられ、「楽しんでいらっしゃい」と、手塚と共に送り出されてしまった事もあったが。
小さな神社で行われた祭りは、さほど規模の大きなものではなかったが、物珍しい事もあってかなり楽しめはした。ただし、平均を遥かに上回る見目良い二人組が、上品な仕立ての色違いの浴衣に身をつつんだ様が、薄暗がりの中でも人目をひかぬ筈もなく、大層注目される羽目にはあったが。
「無愛想な子だし、全然笑わないでしょう」
「まぁ、あまり笑いはしませんが・・・・時には軽く表情を緩める事もありますよ」
「あら。やっぱり景ちゃんは特別なのね!」
「――――――――はぁ」
ぽんと、嬉しげに手を叩く様に気おされつつ相槌を打つ。何がそれほど嬉しいのだろうか、と疑問を抱きはするが、母親が息子にかける想いというものは色々あるのだろう、とわからぬながらに納得する事とする。確かに表情が固いというか、能面の如く表情変化に乏しい手塚であるけれど、慣れてくるとその中にも微妙に違いがある事がわかる。「こいつ、むっときてやがる」とか、「嬉しそうだな」とか、「どうやら楽しいらしい」とか、「何か拗ねてねぇか?」とか。案外、感情が透けてみえるものだった。それは、跡部の鋭い観察眼だからこそ、見切れるものなのかもしれなかったが。
「それで?何処が好き?」
「――――やはり、テニスの腕、ですかね」
「あら。国光ってば、テニスだけなの?」
「いえ。誠実な奴ですし、信頼できる所は好ましい点だと思います」
「そんな風に堅苦しく答えなくても良いのよ。でも、頼れる男というのは良いわね」
「――――そうですね」
一言も、「頼れる男」などとは言ってはいないが、意味合いならば近しい事を言ったわけなので、否定はせずに跡部は頷いた。
「顔立ちは嫌い?」
「――――美醜にこだわるつもりはありませんが、嫌いな顔ではありませんよ」
「そう。良かった。性格はどう?強引な所はない?」
「――――気弱で意思が薄弱で優柔不断であるよりは、良いかと」
「確かに決断力は大事よね。でも、あまり強引に事を進めるようなら、怒鳴りつけても良いのよ?いざとなったら私に言ってちょうだいね?」
「――――ええ、まぁ、はい」
そんな子供の悪さを親に言いつけるような年頃ではないのだが・・と内心苦笑が沸くが、表面上は素直に頷く。そもそも、手塚国光=悪さという図式こそ、全く想定できぬものであるのだけれど。
「相性は、良いのね?」
「――――悪くは、ないのではないでしょうか」
「うふふ。それならば問題ないわね。やっぱり長年連れそうのは、相性が一番ですもの」
「――――そう、ですね」
くすくす笑う彩菜の笑みはとても嬉し気で、ある意味では微笑ましくあるのだが・・・・何とも底なし沼やら蟻地獄やらにずぶずぶとはまっていくような気分となっていく。
このしばし後に、帰宅した手塚を迎えた彩菜が、今度は息子を質問攻めにするに至り、困惑する手塚というのは見ていて面白いと言えなくもないが、それが自分に関する内容ばかりだと、どうにも複雑な所だな、と思う事態となり、できればそういう会話は家族ではない跡部の居ない所でやって欲しいものだと、そっと胸の内で願う跡部なのだった。
(跡部&彩菜(TA前提?)/家族の肖像)