王様の休日
「だから、大石は気にしすぎなんだよ」
「もう少し気楽にすればいいにゃー」
「・・・・・・・ははは。そうできれば良いんだけどね・・・・」
駅の方へと足を向けていた跡部は、聞き覚えのある声にふと足を止めた。ゆるりと首を捻ると、そこには見覚えのある数名が固まり談笑している。スポーツマンらしく引き締まった体躯に、中学生としては長身とされる身長、加えてそれぞれ系統は違えど整った顔立ちの集団であるので、周囲の人々の意識を自然と集めていた。―――最も、それに関しては、熱のこもり方といい、注目度といい、跡部に対するものの方が度合いも強く熱烈であるのだけれども。
そういえば青春台の駅から近かったか・・・・と納得した跡部はそれで興味を失い、ふざけあっているのかじゃれ合うような彼等から視線を外した。
少なからぬ因縁を持つ青学テニス部の連中ではあるが、偶然出会ったからとはいえ、「よぉ、久しぶりだな」などと親しく挨拶を交わすような間柄ではない。
集団の中心に立っていた手塚の茫洋とした姿を反芻し、「ま、元気そうじゃねーのよ」と幾らか気分が浮上してきた跡部は、先にあった不愉快な事象を「仕方ねーか」と思える程度には不機嫌度が解消されていた。何をしたとも何をされたというわけでもないのだが・・・・手塚国光効果さまさまという所である。
緩やかに歩き出す跡部の姿は、ただ無造作に歩みを進めるだけであっても醸し出す雰囲気が違う。雑多な空気が漂う街中においてさえも、跡部の周囲だけ一際輝いているような錯覚が生じる。それがスター性とかカリスマ性といったものなのだろう。それは、後姿でしかないというのに跡部と認識した青学の部員が思わず声を上げてしまう程に。
「あ、あとべーだ!」
「え?氷帝の?」
「本当だ。跡部さんっス」
「・・・・・・奇遇だな」
小さな風に紛れてしまうような呟きならばともかく、指を差して大仰に言い放たれてしまえば―――しかも、その集団が総じてこちらに視線を集中している状態となれば―――更には、中から飛び出してきた小柄な少年が跡部の元に駆け出してきたとくれば―――そのまま無視して通り過ぎるわけにもいかなくなった。
「――今日はお付きの人、居ないんスね」
「別に常に始終連れだってるわけじゃねぇ。そっちみてーな仲良し組とは違うからな」
「いつもこうなわけではない。たまたま家を出ようとした所を掴まり、引っ張ってこられただけだ」
「はん。んな不機嫌そうな面すんなよ。いーんじゃねぇ?好かれてんだろ、部長さん」
「・・・・・・お前も相当なものだろうが」
「っスね。跡部サンに話しかけると、氷帝の人達、親の敵みたいに睨みつけてくるっスよ」
「そりゃ、てめーが糞生意気で態度が悪ぃからだろ」
「・・・・・・人の事は言えないと思うが」
「その言葉、そっくりてめーに返すぜ」
手塚の言葉に跡部はふふんと鼻で笑って返した。手塚は跡部のように喧嘩ごしの態度は取らない。けれども、いかにも「お前に興味は持ってはいない」とばかりな取り付く島も無い態度と、無愛想極まりない無表情ぶりなどは、手塚に少なからぬ感情を向けている者からすれば、面憎い事この上ないものだ。なまじ、馬鹿丁寧な応対だけに更に相手の興奮を(しかも憤怒に近い)煽るといった事となり、結果として今なお手塚の枷ともなっている古傷の要因のような事が起こり得るのだ。
その事を当てこすられた手塚は、むっつりとした顔を更に顰めて眉間に深い縦皺を作る。険悪な雰囲気が流れかけたが、生憎とこんな状態の二人には慣れっこである大多数、その中でも怖い者知らずで知られる越前リョーマは気負いも無く会話に加わってくる。
「相変わらず、仲良いっスね」
「手塚ぁ。てめーん所の1年、そろそろ眼鏡が必要なんじゃねーか?」
「そうかもしれない。越前、早めに検診を受けておいた方が良いぞ。眼鏡を買いに行く際には付き合おう。懇意にしている眼鏡屋がある」
「両目共に1.5っス」
「・・・・・・・・・」
真面目な奴には真面目に返すのが一番なのか、越前の言葉に手塚はあっさり「そうか」と答えてそれ以上の追求が無い。これが跡部ならば、会話を続けていく内に手塚の天然ぶりに神経が持たなくなり怒鳴りつけてしまったりするのだが・・・・他人から見ればそんな所も仲が良いなどと言われてしまう。
「――ああいう、打てば響くような反応を仲良いって言うのに、当人達は認めないんだよね」
「どちらも素直じゃないからね」
「仲、良いのか・・?」
「あれ?大石、知らなかったの?手塚の携帯によく跡部から連絡入ってるみたいだよ。あの手塚の方も、珍しくちゃんと返信してるみたいだし、時には手塚の方から何処か誘ってるようだし、二人で出かけたりとかしているみたいだし、友人度的には僕らより跡部の方が上?」
「・・・・そ、そうなのか?はは、知らなかったな。そうか。仲良いんだね・・はは・・・・・・」
「大石?お腹痛いの?トイレ行く?」
「い、いや、大丈夫・・・・あいてててててて・・・」
「おーいし〜」
青ざめた顔で笑みを浮かべつつ、腹を抑える大石にダブルスのパートナーである菊丸が心配そうに寄り添う。乾と不二の二人も「どんな具合だ?」「大丈夫?」といった具合に、大石を気遣う言葉を口にはしているが、この二人の場合言葉通りに取って良いのか言い切れぬ所があるのであった。
そんな突発性胃炎に見舞われた大石を囲む不二達から離れて、跡部もまた胃痛程ではないが微妙なプレッシャーを感じていた。何か期待されているようなのである。それも、かの小生意気な1年、越前リョーマを筆頭に。
「―――ってぇな。引っ張んなよ。ああ、お前らお揃いで元気そうだな・・・・と、旧交を暖める挨拶も終わった所で、俺は行くぜ」
「待ちなよ、跡部。君と僕達の仲じゃないか。そんなに慌てて離れていく事はないだろう」
越前に掴まれていた腕をするりと引き抜き、さっと身を翻そうとしていた跡部の前にいつの間に詰めて来たのか不二が目を細めて立っていた。
「・・・・・・別に慌てちゃいねーよ」
「俺ら、丁度、食事にしようかと話していた所なんスよ。跡部さんも一緒にどうですか?」
「はぁ?俺とかよ。飯、不味くなんだろ?」
「俺、跡部さんの正面がいいっス」
「へー。越前ってば、跡部の顔眺めながら食事したいって?」
「綺麗な顔見ながらの方が食欲そそるし」
「あ、ずりーぞ、越前。俺、越前の隣キープ」
「ふむ。桃城の好みはもう少し庶民的かと思っていたが、結構分不相応なんだな」
「どーいう意味っスか」
「おい。俺様の意思を無視すんじゃねぇ」
「跡部は急ぎの用事でもあるのか?」
「―――別に。用事が潰れたせいでこの後はフリーだ」
「潰れたというと?」
「此処で、部の連中と待ち合わせてたんだよ。さっき、中止にすると連絡が入った。ったく、無駄な手間かけさせやがって」
「不機嫌そうだな」
舌打ちする跡部に、いつもながらの無表情さで手塚が一応気遣いを口にする。
「ったりめーだ。奴等が煩ぇから、仕方なしに俺様の貴重な午前を潰して作ってやったっていうのによ・・・・、ったく、あの量をどうすりゃいいんだ?賄いにでも出すしか・・・・ん?」
「どうした跡部」
「―――いい人数だな」
「そうか?」
ひぃふぅと指で頭数を数える跡部の動きに、皆が注目する。手塚・大石・菊丸・河村・不二・乾・桃城・海堂・越前。青学メンバー勢揃い。確かに良い人数というか・・・・言うなれば団体である。
「で、飯食いに行く所なんだよな」
「ああ」
「この人数で入れる店はそうないだろ。俺様の家に来い。昼飯ぐらい、食わせてやる」
「あとべーの家?わー!一度行って見たかったんだにゃー」
「いきなり押しかけて大丈夫なの?しかもこの人数で」
「だから、元々は部の連中を連れていく予定だったんだよ。その分の食事を用意してあったんだが、中止になってな。お前達の人数なら丁度良い。――どうだ?」
お義理というわけでもなく、跡部の方にもメリットがあるような言いぶりにまず礼儀を重んじる、手塚や河村あたりが陥落した。大石あたりも同じ分類にあたるが、大石の場合は「あの『跡部景吾』」に自ら関わろうとする程の精神的強さというか、酔狂ぶりは持ち合わせていないのだ。元々、繊細な内臓(特に胃)の持ち主である。そして桃城は元々跡部に興味を持っていたし、桃城がそうならば海堂は張り合うというものだし、不二や乾は言うに及ばずであるし、越前に至っては先程逃げ出されそうになった事を警戒してか、しっかりと跡部の袖を掴んだまま離そうとしない。
「興味深いな。ここは是非訪問させて貰おう」
「い、いや。やっぱり迷惑じゃないかな」
「大石、跡部が誘っているのだから大丈夫なのだろう。跡部、あまり大仰な食事では気後れしてしまうのだが」
「てめーがんなタマかよ。安心しろ。用意してあるのはカレーだ。しかも俺様特製の、な」
ぱちーんと指を鳴らす跡部様。その行動に意味などないが、それが何故だか様になるのが跡部という存在なのだった。
「跡部が作ったの?」
「うわ!何か怖いね」
「――行くっス」
「そりゃ、食わなきゃいけねーな。いけねーよ」
「・・・・・・胃が・・・・・」
「油断せずに行こう」
「てめーが一番失礼だぜ、手塚ぁ」
若干名(約一名)無理矢理な感はあったが、こうして青学テニス部部員を連れ立って、跡部家訪問と相成った。
跡部の家に通され、そこで待っているようにと言い置かれた青学メンバー達は、きょろきょろと辺りを珍しそうに見回していた。
テレビで放映される有名人の住居などで、御殿のような造りの家が日本にも存在するとは知っているが、こうして身近にあるとなると・・・また実際入ってみるとなると・・・・そのとんでもなさに度肝を抜かれるというもの。しかも跡部家と言えば、近代にのし上がった成り上がりなどではないので、調度品一つを取っても繊細で時代がかり、さらには金額も聞けば顎が外れる程なのは間違いなかった。
そんな高級感漂う様相に気後れを倍加させていた大石は、それでも道々会話をしてきた事で幾分慣れたのか、おずおずとではあったが跡部に声をかけた。
「あの、頼みがあるんだけど」
「何だ?」
「水を、貰えないかな」
敵意を向けてくる相手にはそれなりの態度で応対するが、遠慮がちに尋ねてくる大石相手にそれはない。呼びかけられた事で大石と相対する事となった跡部はじっと大石の目を見つめた。
「・・・・あの」
「咽、渇いてんのか?」
「いや。そうじゃなくて、薬を・・・・」
大石はポケットから小瓶を取り出して跡部の前に掲げてみせた。
「胃薬?お前、何処のサラリーマンだよ。青学は部長・副部長共に年齢詐称疑惑かかってねぇか?」
「跡部。それはどういう意味だ」
「そういう意味だろ」
静かな怒りを孕んだ手塚の詰問を跡部はさらりと受け流す。自分達の部長を馬鹿にされたようなものであるのだが、青学部員達はこの件において跡部を非難しようとはしなかった。何故なら誰もがその指摘には、思わず頷いてしまう事だからだ。
「・・・・・・色々気苦労があってね・・・・」
「はっ!手塚のフォローに明け暮れりゃそうだろうな」
「お前のフォローに明け暮れる、樺地君他の氷帝部員程ではないだろう」
「そりゃどうかねぇ」
「あ、跡部。別に俺は手塚に苦労させられているわけじゃない。それに手塚、どうしたんだ。いつものお前はもっと冷静だろう?・・・・あ、いて・・ててて・・・」
人呼んで青学の絶え間無き誠実なる苦労人大石秀一郎は、強張った笑みを浮かべながら胃痛に悩まされ続けていた。そんな大石を見極めるように見据えていた跡部は、大石の苦痛を取り除く為に水を用意してやったり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・などはしなかった。ただしそれは嫌がらせではない。
「大石」
「な、何かな?」
「薬は止めておけ。癖になるぞ。んなもんに依存してるようじゃ、いつか潰れんぜ?」
「・・・・・わかっては、いるんだけどね」
手離せないんだよ、と微笑む大石の笑みは大層痛々しい。
「試合ん時はずうずうしくも、不敵にもなんのにな。ま、日常と試合とでは確かに違うが。とにかく薬は飲むな。水はなし。もともと、俺様のカレーを食べる時は水は抜きんだけどな」
「えー?それ、横暴じゃん」
「僕は辛いのは歓迎だけどね」
「福神漬けもラッキョウも付けねぇぞ」
「何?跡部、それはカレーには無くてはならないものではないか?」
「いや、手塚ちょっと待て。もしかすると・・・・跡部。念の為に確認したいんだけど、質問は良いかい?」
「手短にな。そろそろカレーが温まる頃だ」
「すぐ済むよ。跡部が作ったというカレーには、具が入っていないのではないか?」
「正解、だ」
「何それ。跡部さん、結構しみったれ?―――むぐっ」
「ばっ!越前!失礼な事言ってんじゃねーよっ!」
「・・・・・・ふしゅぅ」
相手を怒らしかねない暴言もどきを吐いた越前を羽交い絞めにして、その口を塞いだ桃城であったが、その顔にも実は落胆の色が浮かんでいた事は否めない。海堂しかり。彼等にとって、カレーといえばやはりビーフカレーとかポークカレーとか、はたまたカツカレーだったりなぞして。とにかくお肉たっぷりボリュームたっぷりが御馳走であるのだ。
「まぁ、そう残念がる事はない筈だよ」
後輩達の表情を見た乾は、きらりと眼鏡を怪しく光らせながら彼等に説明を始めた。
「恐らく、跡部が作ったカレーというのは英国風のカレーである筈だ」
「英国風だと何が違うのだ?」
「それなんだけどね。英国風のカレーには具が無いんだ。だからといって物足りなさはない。何しろたっぷり煮込んだ肉と野菜を丁寧に裏漉しするからだ。さらさらとしたルーの中には肉と野菜の旨みがたっぷりと詰まっている筈だよ」
「随分本格的なんだね」
感心したような不二に、跡部は肩を竦めた。
「だから、うちの奴等が食いたがったんだ。手間暇かかるから嫌だっつったんだが、あいつらしつこくてよ」
「しかし彼等は結局食べれないというわけか。何かあったのか?」
「馬鹿数人が、補習の日付を忘れてたんだよ。半分は付き添いだな」
「なるほど。ここは彼等に感謝すべきなのだろうな」
「アァ?」
「跡部が心を込めて作った料理を相伴する事ができる。感謝するべきだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿か、てめぇ」
聞いてる方が恥ずかしくなるような台詞を、ごくごく生真面目に、それでいながらさらりと言ってのける手塚国光という男はつくづく天然という他は無い。
その後、英国風のカレーの作り方をたっぷりと乾に説明された(跡部はその横で、こいつ何でこんな知識まで無駄に詳しいんだ?とばかりの表情で眺めていたが)青学メンバー達は、最初の不満など何処吹く風といった態で、跡部手製の英国風カレーをはやく食べたいという表情を浮かべるようになっていた。
スープのようなルーは薄めであり、辛さに涙するような事はなかったのだが、食べ進めていく内にそのルーが体内を圧していく。じわじわ効くボディブローとでもいうか、最初は辛くないと思ったルーが段々パンチを効かせてきて、身体中が水を欲するような状態となっていった。だが、その波を超えるといつしか咽の渇きも忘れ、皆は夢中になってカレーを食していった。全てを食べ終え皿が空となる頃には、何とも言えない充実感の中に身を浸した。
『医食同源』という言葉があるように、食は胃に通じるものがある。カレーといえば香辛料で刺激物・・・といったイメージがあるので、胃痛に苦しむ大石にはどうだろうかと一部の者は心配していたが(そういう気配りができるのは河村や菊丸ぐらいであるのだが)、皆と同じくカレーを食べ終えた大石は、胃痛などすでに忘れ去ったかのような穏やかな表情を浮かべていた。どうやらこのカレーには、身体の弱った部位を癒す働きもあるようだった。
空いた皿も片付け、食後のまったり感を味わっていた所に、ばたばたと駆け込んできた者達が居た。これまた御馴染みの面々、氷帝テニス部部員である。
彼等は青学メンバー達の姿を見て驚くと同時に、跡部が彼等に手製のカレーを供した事を知り、盛大にブーイングを放ってみせた。鍋にはもう一人分すら残っていないときたので、尚更であるのだろう。あまりの騒がしさに最初は「てめーらが来れねーっつったんだろーがっ!」「煩せぇっ!」「好い加減にしやがれっ!!」と怒鳴りつけていた跡部であったが、引く事を知らぬ氷帝メンバー達に、次第にその舌鋒もトーンが下がっていく。そうして―――――
「・・・・わかった。作り直してやる。だがな、コンビニ弁当じゃねぇんだ。時間がかかる。―――夜に食わしてやるから、それまでは大人しくしてろ」と、どうやら根負けしたようだった。
その、跡部が部員達の泣き脅し(落としでないのは明らかだ)に陥落していく様を眺めていた手塚が、「やはり跡部の方が相当なものではないか・・・・」と呟いたとか何とか。
青学テニス部部員にとって手塚が至上であるように、氷帝テニス部部員にとって跡部は至上。それは絶対の真理なのであった。
[ date: 2006/02/18 ]
[ 超こだわりの店百番勝負 ] よりネタ引用。
加○君がカレーを作っていたようなので跡部様にも作って頂きました(笑)