B・Bの王子様
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 終わらない夏。
 王者立海を制し、関東大会優勝という快挙を成し遂げた青春学園中等部。
 だが、彼らの夏はこれから始まるとも言える。
 
 
 青学と六角中は全国大会を控えたこの夏、合同での強化合宿を行う事となった。
 互いに全国大会へと歩を進めた強豪。その実力は伯仲しており、この合宿においてさらにその力が互いに研磨されていく事は予想に難くない事であった。
 どちらのチームも指導者の特性が現れており、独自な指導方法によって鍛えられている。この海辺における合宿も、杓子定規な者には考えつかないような特訓が取り行われるのであろう。
 が、テニス三昧で日々明け暮れるスポーツ少年ならぬテニス小僧である彼らも、蓋を開ければただの中学生である。海の傍で暮らす六角中の生徒達と違い、青学の面々は目の前に広がる海を見た途端、瞳を輝かせて飛び跳ねた。
 そんな様を見れば、鬼コーチとして知られる竜崎スミレと言えども子供達への息抜きを考えるというものだ。元々青学の練習方法は遊びと特訓の緩急をつける事によって、彼らの士気を高めるという手法も取っていた。よって初日ばかりは遊び主体という事で六角中ともども話はすんなりと決まったのだ。
 
 まずは互いの親交も深める為に、と両校混合ペア分けによるビーチバレー大会がトーナメント式で開催される事となった。ペア分けも決まり、トーナメント表が作成され、さぁ開催――という折になった時、不意の訪問者が現れる。
 キキィッと高めのブレーキ音に耳の良い者が目を向けると、その先にはいやに高級そうな外車が停まっていた。
「何だ、あの車・・・・?」
「ああいう偉そうな車って何か誰かを彷彿とするっスね」
 ざわめきながらも何か気になる所があって、全員がその車を注視していた。するとそれを見計らったかのように車の扉が開かれる。その中から現れたのは・・・・誰にとっても意外過ぎる人物であった。
「――手塚っ?」
「部長?!」
「へぇ、これはまた・・・・」
 陽光煌く中を颯爽と現れたのは、九州にて治療中の筈の青学テニス部部長手塚国光その人だ。
 夏休み中という事もあって制服姿ではなく、ラフなシャツにジーンズというカジュアルなスタイルだ。――が、それでもやはり、ここに居る他の面々と同じ中学生にはちょっと見えなかったけれども。
 果たして手塚に浮かれるとか心弾むとかいった表情はあるのだろうか・・?と思えるような相変わらずの冷めた表情でさくさくと砂地を歩いてくる。そんな突然の手塚の登場に呆気に取られていた皆は、その背後から遅れてやってきた人物が居る事をすぐ近くに来るまで気づかなかった。
 
「・・・・どうも。竜崎先生。御無沙汰しておりました」
「手塚よ、また随分唐突な登場だな。しかも派手なオプション付きとは益々驚いた」
 ぺこりと頭を下げる手塚ではなく、竜崎の視線はその後ろに立つ人物へと向けられていた。手塚の登場も意外ではあるが、この人物ときたらそれ以上のインパクトがある。まさかこんな所に氷帝学園の帝王、跡部景吾が現れるなど・・・・誰しも思わぬに違いない。
「関東大会以来ですね。その節はお世話になりました」
「お互い様さね」
 穏やかで丁重な挨拶に竜崎も口元をほころばせる。挑発的な物言いで知られる跡部であるが、実の所は年長者には受けが良い。相手に応じた対応というものを、完璧に計算しつして行動する。相手を立て、自分を控えめに抑えるという術も心得ている跡部は、教師にとって理想の優等生像だ。そしてその端麗な容姿からいって、女性心を擽るというオマケ付き。そんな自分の見てくれによる効果もしっかり把握しているというのが、跡部景吾という男だ。
「何で氷帝の跡部が手塚と一緒に・・・・?」
「あの二人、どういう関係なんだ?」
 ざわめく周囲を気にも止めず、跡部は竜崎との会話を進めた。手塚はといえばその間、傍らで黙したままである。
「こんな所に氷帝の部長さんが現れるとはね。・・・・・・偵察かい?」
「耳に痛いお言葉ですね。うち(氷帝)が負けた事はよく御存知でしょうに」
「ああ。よーくわかっているさ。何しろ対戦相手はうち(青学)だったからね」
「そういう事ですね。今日ここに来たのは偶然ですよ。家庭の事情という奴で。この先のホテルで開業記念式典がありまして、父の名代で参加するんです。夏休みというのをいい事に、こき使われているんですよ」
「そいつは大変そうだ。お前さんも受験生だろうに」
「この程度の事は重荷にはなりませんよ。少しばかり面倒ではありますが、まぁ生まれ持ったお役目という奴ですからね」
「そうかい。それで手塚がどう関わってくるんだい?」
「それもたまたまです。こちらに向かおうとしていた折、一時的に帰宅した手塚と会いまして、部の様子が気になると言うから一緒に乗せてきたんですよ」
「・・・・・・俺は、断ったのですが」
「同じ方向なんだ。無駄じゃねぇだろ?」
「それはそうだが・・・・」
 今ひとつ釈然としない表情を浮かべる手塚に、跡部はからかうような笑みを向ける。それは手塚のお堅い考え方をよく把握しているが故の表情だった。
 二人は周囲が呆気に取れる程に親しげに見える。手塚の腕を壊したのは跡部だ。それ故、手塚は関東大会をそのまま参戦する事ができずに単身九州へと治療へ向かう羽目となった。そんないざこざがあったとは到底見えない二人の様子に皆は戸惑いを隠せない。
「ふん、なるほどね。手塚を送ってきてくれて有り難うよ」
「いいえ。ついでですから」
「――跡部」
「てめーも気にするなって何度も言っただろうが。大体俺も式典のある夜まで暇なんだよ。この程度の寄り道は何でもない」
「そうか。すまない」
「だから謝るなっての」
「ああ。すまない」
「・・・・・・・・・・人の話聞けよな、お前」
 呆れて肩を竦める跡部と神妙な表情の手塚。何というかその様はしっくりとはまり、どちらも部長職と生徒会長の兼任者という事もあってか、ごくごく親しい友人のように見える。勤勉実直と言えば聞こえは良いが、取っ付き難いとも言える手塚の傍らには長い付き合いである大石の他はあまり肩を並べる事はないのだが、こうして見ると不思議と似合いの二人であった。あまり自ら動かず受身な質の手塚なので、自ら率先して動き相手を引っ張る跡部との相性は、かえって良いのかもしれない。
「ま、とにかく届けモンは届けたしな、もう行くぜ」
「待て。跡部」
「んだよ?」
 竜崎に一礼し、ちろっと青学・六角中のメンバーに視線を流した跡部は長居する事なくさっさとその場を立去ろうとしたのだが、手塚に引きとめられる。
「先程の会話からすると、夜まで時間が空いているのだろう?ならばもう少し居たらどうだ?」
「・・・・・てめーはともかく俺ぁ部外者だろうが」
 いい顔しねぇぜお仲間さんがよ?との視線を送る跡部に手塚は何故だか「問題ない」と言い切った。跡部にすると何の根拠があるとも思えない主張だ。
 が、そこはやはり青学部長。きちんと仲間達の思考を把握していたのだ。
「折角だし、跡部にも参加して貰ったらどうだろうか」
「そうだね。丁度1枠空いているし。これってコーチ達が出るつもりだったのかな?」
「まぁ、そういう事だな。オジイとコンビを組むつもりだったんだが」
「えーっ?先生達も?!無茶言わないで下さいよっ!」
「年寄り扱いはよしとくれ。なぁオジイ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
 竜崎の言葉にこくこくと頷く六角中のオジイ。が、その意を汲む事はやはり厳しいというものだ。幾らゲームとはいえ、熱くなれば加減も効かなくなる。怪我でもされたら・・・・と思うと内心穏やかではいられない。
「折角ここに手塚と跡部が居るんだから、二人に参加して貰ったらどうですか?先生方は審判という事で」
 爽やかな笑みを浮かべる佐伯の言葉はなかなかに逆らい難いものがある。それを後押しするかのように、にこにこと傍らで微笑む不二もまた然りである。この微笑魔人な二人は、突発的ビーチバレー大会においてペアを組む事になった。ある意味、空恐ろしいコンビである。
「おいおい。何勝手に話を進めてんだよ。参加するなんざ、ひとっことも言ってねぇぜ?」
「―――逃げるの?」
 付き合ってられっかよ、とばかりに踵を返そうとした跡部の袖をきゅっと掴んだのはいつの間にか跡部の傍らに寄ってきていた青学一年越前リョーマだった。
「あぁ?」
「尻尾巻いて逃げるんだ、跡部サン」
「は。安っぽい挑発してんじゃねぇよ。んなのに乗るのは血の気の多い馬鹿だけだぜ?俺様をその程度で操れると思うなよな。大体手塚に無理させんのか?大事な時期だろ?」
「・・・・・・・・それは、そうだけど」
 最もすぎる跡部の言葉に思わず黙るリョーマだったが、意外にも援護射撃がその当人から放たれた。
「いや。俺の方は問題ない。後は調整のみだからな。全国大会にも間に合う」
「だったらそれこそ大事を取るべきだろうが。んなお遊びでポカやりやがったら、笑い事どころじゃねーぞ」
「お前がそんなまともな事を言うとはな」
「あぁ?てめーは俺を何だと思ってやがんだ」
「跡部景吾だろう?」
「・・・・・・・・・・・その通りだよ」
 しれっとした表情で言い切る手塚を跡部が憮然とした表情で睨む。何というか素で漫才をやっているとしか思えない二人である。
「それで結局どうするの?手塚はやる気みたいだけど。跡部にはつまらくて付き合ってられないかな、こういうお遊びは」
「別につまらねぇとは言ってねぇ。―――ま、いいか。暇つぶしに付き合ってやるよ。っかし、てめぇらも物好きだな」
 ある意味では天敵とも言えるだろうによ、と己を客観的に見据える跡部に対し、青学面々の向ける視線に敵意は無い。
 
「跡部景吾という存在は実に興味深い。間近で研究するに相応しい存在だ」
 と、相変わらずな独自の視点を持っての主張をするのが乾。
「まぁ折角来たんだし、一緒に楽しんで欲しいとも思うな」
 と、人の良さそうな笑みを浮かべる大石。
「手塚と付き合える奴なんてそうそう居ないからね。面白いからもう少し見ていたいよね」
 と、にこやかな笑みながら底の知れない不二。
「ストテニ場での借りは返して貰うっスよ、跡部さん」
 と、前回軽く流された分も今度こそはとやる気満々なのは桃城だ。
「それ、俺の言い分っスよ、桃先輩」
 と、自分の台詞を取られたとばかりに子供っぽい膨れっ面をするのが越前。
 その他もそれぞれ歓迎ムードこそあれ排他的な空気はない。そして青学のメンバーがそうならば、六角中の面々にも否やなどなかった。
 
「しょーがねぇな。おい手塚、着替えてこようぜ。水着は用意してあんのか?」
「ああ。問題ない。跡部、お前はどうなんだ?」
「引きずり込む前に聞けよな。幸い持ってっけどよ。時間潰しにホテルのプールで泳いでいようかと思ってたからな」
「さすが優雅っスね、跡部さん」
「他の娯楽施設は興味持てるもんないんだから仕方ないだろ。ま、余計な奴等と付き合わなくて済む分は助かったか」
「それってどういう意味?」
 跡部の小さな呟きを聞きとがめたリョーマが不思議そうに問う。
「そのままの意味だ。色々寄ってくんだよ、鬱陶しいのが」
「なるほど。玉の輿狙いという奴か」
「跡部の場合、寄ってくるのは女性に限らないんじゃないの?」
「不二、てめぇ気色悪い事抜かすんじゃねぇ」
「でも否定できないんでしょう?」
「・・・・・・・・・・・るせぇ」
 にこにこと鉄壁の笑みを貼り付けた不二から跡部はけっという表情で顔を逸らした。その反応は不二の言葉を肯定したも同然である。
「どうでも良いけど早く着替えてきたら?始められないし。男なんだしここで着替えちゃっても良いんじゃないの?」
「それって跡べーの生着替えショー?」
「・・・・・・・・・・・・(ふしゅー)・・っ!!」
 佐伯の発言に乗ってぴょん、と顔を出してきた菊丸の爆弾発言とも言える台詞に海堂の顔が真っ赤になる。
「か、海堂?鼻血か?の、のぼせたのか?」
 慌てて後輩に駆け寄る大石であるが、一番近くに居たのは実は不二だったりする。その不二は純情な反応を見せる海堂を見てにこにこ笑っているだけだった。
「――帝王のストリップで素トリップ・・・・ぷ」
「・・・・・・・まだまだだね」
「――――(がーん)!!」
 自らは会心の出来と思っていたらしい天根はリョーマの即突っ込みにショックを隠せない。黒羽の鉄拳(蹴?)制裁は常の事であるが、敢えて「寒すぎ」とは当人に言わないのが仲間内でのお約束というか気遣いであったのだが・・・・そこら辺りの微妙さ加減をリョーマに求めるのは酷というものだろう。ついでながらこういう時は跡部も冷たい。
「馬鹿抜かしてんじゃねぇよ。大体、俺様の着替えをタダで見ようなんざ調子が良すぎるってもんだ。おら、手塚。さっさと向こうで着替えるぞ。付き合うのは夕刻までだからな」
「わかった。それで今日の宿はそのホテルに取ってあるのか?」
「まぁ、取ってはあるがな。状況次第で泊まらねぇかも」
「何故だ?」
「・・・・・・色々あんだよ。それも状況次第だ」
「ふむ」
 傍で聞いてても噛み合っているんだかいないのだかわからぬ二人の会話である。だが当人同士は不都合を感じていないようだ。という事は一応伝わってはいるのだろう。――単にお互い相手の話を聞いていないし聞く気もないという可能性もあるが。
「何か、不思議な組み合わせだよね」
「性格的にまず反りが合わないと思っていたが、不思議と合うようだ。二人のデータを修正しなければならないようだな・・・・」
「別にそんな大げさに取る事はないんじゃないだろう?性格が全く違うからこそ馬が合うって事もあるんじゃないかな」
 自分達と居る時とは全く違った顔を見せた手塚。内にこもり、他者に己を見せようとしない手塚の壁に気づいてはいても打ち破れなかった自分達と違い、何故だかあっさり手塚の内へと入り込んでしまった跡部に対して軽い嫉妬の念が浮かばない事もないが・・・・それよりも、手塚がそういう存在を持てた事の方を嬉しく思う想いの方が強い。
「おチビ、悔しい?」
「・・・・・・・・・・どーいう意味っスか」
「さて、どーかにゃー。でもどっちに対してかにゃー」
「・・・・・・・・・・・・・」
 時に鋭い事を言う菊丸の言葉をリョーマは聞かなかった事とした。どっちに対して面白く思っていないかなんて・・・・当人にだってわからぬ事だったからだ。
 
 着替えをして戻ってきた手塚と跡部の二人を出迎えたのは乾だった。眼鏡が怪し気に反射し、跡部の警戒心をそそる。
「ふふふ。遊びとはいえ大会だからね。罰ゲームを用意したんだよ」
 胡散臭く微笑む乾の手元には、キラリと輝くグラスがあった。
「―――最新作、乾特製いわし水・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
 じりっと表情を変えずににじりよる乾。じりっとこれまた表情を変えずに後じさる跡部。跡部の警戒センサーは最大MAXに吹き鳴らされていた。
 そんな折、不幸な存在とは何処にでも居るもので、哀れかな警戒心全く無しで六角中首藤がひょいと乾の手からそのグラスを取った。
「―――待てっ!」
 俺様な割りに存外人が良く面倒見の良い跡部がはっと首藤の手を止めようとしたのだが・・・・一歩、いや半歩ばかり遅かった。ほぼ同時に事の顛末を予測した青学の面々が蒼白な顔付きで「や、やめろーっ!」と叫んでいたりする。彼らの脳裏にはこの後展開される悲劇が映し出されていたのだ。
 
げひゃぶ―――っ!!!!
 
 この世のものとも思えぬ悲鳴を上げて、ゴロゴロと砂地を転げ廻り、六角中首藤、悶死。
 ―――尊い犠牲であった。
 
「・・・・・・くそ、やはりそうか」
「――跡部?」
 拳を握り締め、ぎりと唇を噛み締める跡部に手塚が不審気な視線を向ける。
「お前、予測していたのか?それも眼力(インサイト)か?」
 何と便利な能力だ・・・・という内心がもろわかりな手塚に跡部は心底嫌そうな表情を向けた。
「んなわけねぇだろうが。眼力(インサイト)ってのは単なる観察力の応用だ。特殊能力じゃない。得体も効果も知れねぇ、乾の滅殺特殊汁の話は柳に聞いた」
「柳?立海のか?確か乾と昔馴染みらしいが、跡部も親しかったのか?」
「別に親しいって程じゃねぇ。幸村経由の顔見知りだ」
「幸村は親しいのか?」
「んだよ。自棄に絡むな。まぁ見舞いに行く程度にゃ親しいか。そういえば幸村の手術は上手くいったらしいぜ。全国には出るつもりらしい。ったく無理しやがるよな、あいつも・・」
「・・・・・・・・・・そうか」
 口は悪いがふっと自然に浮かんだらいし跡部の笑みは事の他柔らかいものだった。それだけで跡部が幸村という存在をどう思っているかなど知れようというものである。
「跡部さんって意外に交友範囲広いんスね。友達居なさそうに見えるのに」
「・・・・・つくづく生意気なルーキーだな。てめぇはよ。第一友達なんかじゃねぇよ。あいつらが勝手に連絡してくるんだ」
「『あいつ』ら?・・ってもしかして千石さんとか?――むがっ・・・・」
「っかやろっ!!あいつの名前出すんじゃねぇよっ!」
 咄嗟に飛びついてリョーマの口を手で塞ぐ跡部。力任せに抑えつけられたリョーマはじたばたと苦しそうに暴れていた。
「越前を放してやれ。息が出来ないだろう」
「――あ、わりぃ」
「・・・・・・ず、・・・ずいぶん、過剰な、反応する、よね・・」
「名前出すと現れそうな気がすんだよ、忍足とかあいつとかはな」
「へぇ。・・・・・・あれ?跡部さん、携帯鳴ってる」
 リョーマの指摘通り、跡部の腰元から小さな呼び出し音が鳴っている。が、跡部はそれを取ろうとしない。
「・・・・・・・・・・・」
「跡部?出ないのか?」
「・・・・出りゃいいんだろ。ちっ」
 物凄く嫌そうに跡部は携帯を取り出した。そして液晶に表示された名前を見て更に秀麗な顔立ちを顰める。
「――『あっとべくーんっ!!出るの遅かったねっ!ねぇねぇ今日暇?遊びに行かない?』」
「暇じゃねぇ行かねぇもうかけてくんな」
「――『えーちょっと・・・・・・・』」
 ぶつっと千石の言葉を最後まで聞く事もなく容赦なく電話を切る跡部。更には電源まで切る徹底振りだった。
「今のは何処に突っ込むべきなんだろうね。実にタイミングよくかけてきた千石なのか、ちょっと対応がアレな跡部になのかな」
「少なくとも跡部の今の行為は褒められたものではあるまい」
「るせぇ。あいつの相手なんざいちいちしてられっかよ。ったくこっちの都合頓着しねぇし、毎日毎日しつこく電話とメールかけまくってきやがるし」
「へーぇ」
 ぶつぶつと腹立たしそうな跡部を見、ついで不二の視線は手塚へと移る。
「・・・・・・・何が言いたい?」
「別に。ただね、一歩なんて大したリードじゃないよね。油断してると手遅れになるよ?」
「・・・・忠告は受けておく。油断はしない」
「そう。それならいいけど。君達見てると面白いから頑張ってね」
「・・・・・・・・・・・・」
 眉間の皺がいつもより割増に深くなり険しい表情となる手塚を前にし、不二は全く動じる風でもないのだった。
 
 
 そうして始まったビーチバレー大会。
 ルールはタイブレイク方式。7ポイント先取で勝利。敗者には乾特製イワシ水が待っている、という決死の覚悟を引き起こす大会である。参加者達の目つきはかつて無い程に真剣なものとなっていた。
 ビーチバレーとはお遊び色の濃いスポーツである。よって、身体能力が優れた者が勝つとも限らない。また、頭脳戦に長けたものが思わぬ失態により自ら自滅するというのも多々ある事であった。超ルーキーコンビの片割れ、リョーマに至ってはバレーが初めてという最大のマイナスポイントを背負っていたのだが、運の良さが並ではないのかアニマルコンビの菊丸・樹ペアに対し逆転勝利を収めた。そして続くのは桃城・黒羽vs乾・木更津コンビの試合であったが、この勝負は乾のデータ勝ちとなった。次に微笑みコンビ不二・佐伯に対するはダジャレの天根とバーニング河村。決して彼らが弱いというわけではないのだが、何しろ相手が悪い。不二・佐伯ペアを前にストレート負けという結果に終わった。
 そして1回戦4試合目。大石・海堂の青学ペアvs手塚・跡部の部長ペアの対決である。敗北の罰ゲームであるイワシ水によって撃沈した数名を除き、ほぼ全員が固唾をもって見守るゲームが始まった。何しろあの手塚とあの跡部である。注目を集めぬ方がおかしい。
「・・・・・・部長相手でも手加減しねぇスよ」
「ほ、本当に大丈夫なのか?手塚」
 闘志満々の海堂と反比例するかのように大石は半分引き気味である。何しろ手塚の故障に付き添ってきた前例があるので、他の誰よりも手塚を心配していると言えよう。が、そういう気遣いというものは時と場合と相手によって選ぶべきであり、この場合の大石の選択は大いなる誤りであった。
「行くぞ〜ソーレ!!」と、相手コート投げ入れるようにしてボールを放る大石は明らかに手加減をしている。してはいけない相手に対して手加減している。勝負事には厳しい手塚と手抜きの類を殊更好まぬ跡部。彼らはどんな相手に対しても手を抜くという選択を好まない。兎と亀の寓話から程遠い二人であるのだ。
 ふわっと浮いた大石のボールを素早く廻りこんだ手塚が綺麗に拾う。弧線を描くボールを跡部が正確なトスで上げた。不得意教科無しと豪語する跡部だけあって、体育も当然得意だ。スポーツ全般球技も武道も関係なく水準以上の実力を持っている。手塚の飛び上がった位置に寸分の狂いも無く跡部のトスが上がる。ネットより上体半分超える程の高さで飛びがった手塚はそのボールを素早く打ち放った。
「Dクイック?!」
 いきなりな大技にギャラリー達より驚愕の声が上がる。そこには無情にも友人たる大石を容赦なく吹き飛ばした手塚の膂力に対してのものもあっただろう。再起不能か?とまで危ぶまれた怪我人とは到底思えぬ凄まじいスパイクだった。
「はっ!油断かましてっと痛い目に合うぜ?」
 手塚の背後で高らかに言い放つ跡部。もともと言動もそうだが行動・存在自体が派手なので跡部はとにかく人の注目を集める。が、この時の注視は別の理由によるものだった。
「―――跡部っ!お前!何て格好しているんだっ!」
「あぁ?どうしたんだよ、手塚・・・・」
 慌てて駆け寄ってきた手塚の迫力に押され、さすがの跡部も一歩引く。
「どうしたもこうしたもあるかっ!ちゃんと服を着ていろっ!」
「服ってTシャツ脱いだだけだろーが」
「駄目だっ!ちゃんと着るんだっ!海堂っ!お前もいやらしい目で見ているんじゃないっ!」
「う・・・・あ、イヤ・・」
 部長の叱責にばっと目を逸らす海堂の視線は実際跡部に釘付けとなっていた。いやそれは海堂に限る事ではなかったのだが。
「ビーチの男にもってもてってねー・・・・くす」
 ちっちと楽しそうに指を振る不二。手塚の狼狽ぶりが楽しくて仕方がないようだ。
「おい手塚、後輩虐めてんじゃねぇよ。びびってんだろ?」
「誰のせいだと思っているんだ?お前がそんな格好をするのが悪いっ!」
「そんな格好って何だよ。海辺じゃ普通だろうが。あーもう面倒臭ぇ。上着てりゃいいんだろ?暑っちーが仕方がねぇ」
「最初からそうしろと言っている」
「・・・・・・・・わかんねぇ奴。おい、大石、海堂。試合再開すっぞ。見た通りこいつ(手塚)は完全復活のだぜ。阿呆くせー加減とかしてんじゃねーぞ?」
「あ、ああ」
「――ス」
 跡部の号令により、中断されていた第4試合が再開される。
 加減さえしなければ部長代理をも務める大石である。良い勝負になると思われたのだが・・・・やはりこの場合も相手が悪すぎたと言えるのか。その後の試合展開は一方的ペースによって進められていった。
 細身に見えて力強いサーブを放つ手塚である。振るうのがラケットでなくともそれはかなりの威力を持っていた。そして対となる跡部もまた、優美なプレイでありながら、それこそ蝶のよう舞い、蜂のように刺すという比喩表現の如く、鋭いアタックはブロックする海堂の手の間をすり抜けて砂のコートに突き刺さるのだった。
 大石の表情が切羽詰ったものとなっていく。その頭の中には屍るいるいといった態で砂地に転がる乾汁に犠牲者の姿がぐるぐると回っている事だろう。
「――まずいぞ。このままじゃ・・・・」
 つたりと額を伝う汗を拭う事もなく、大石は真剣な表情で手塚・跡部ペアに対抗すべく必殺技を繰り広げようと、「――大石の領・・」とまで言いかけた所、「うるせぇ」と高くジャンプした跡部が冷たく言い放ち、大石めがけて必殺のアタックを決めた。
 そして、ゲームセット。7−0にて手塚・跡部ペアの圧勝である。
「・・・・・・強過ぎる・・・・」
「・・・・・手塚を気遣うのは・・もう、止めよう・・・・」
 悔しげに砂地を握り締める海堂とガクリと崩れ落ちる大石。敗北者の姿はこうあるべきと、まさに敗者の鑑のような姿であった。
「おい手塚。友情に罅入ってっぞ」
「大石も心が狭いな。怪我人はやはり大切にすべきだと思う」
「てめぇが言うな。てめぇが」
 砂地に突っ伏した大石・海堂ペアと異なり、一戦終えた後だというのに手塚・跡部のコンビは息も乱していない。さすがは最強部長ペアであった。
 そうして4強が出揃い、第2回戦が始まる。第1試合は互いに圧倒的な実力の違いを見せ付けた不二・佐伯コンビと手塚・跡部コンビであり、事実上の頂上対決のような高度な展開となった。
 類稀なコンビネーションを見せる不二と佐伯。時間差攻撃などは即席ペアとは到底思えない息の合ったものであった。だが、それすらも脅威の部長ペアの前には児戯に等しい。
「ガラ空きだな」
 佐伯が会心の笑みをもって手塚と跡部側のコートに打ち込む。が、そこへすいと現れた跡部が砂地に着く前のボールを華麗に拾う。
「なっ!馬鹿なっ!」
「はっ!時間差攻撃はてめーらの専売特許と思うなよ。俺様を舐めて貰っちゃ困るな」
 ずしゃっと砂地を滑りながらも拾い上げたボールは高く舞い、手塚の下へと届く。完全に決めたと思っていた不二と佐伯は手塚に対する反応が遅れた。それは、ほんの一瞬の遅れでしかない。だが勝負事というものは、その一瞬の遅れで決まってしまうものなのだ。
「あぁっ・・!あの佐伯と不二までもが・・・・っ!」
 一人はイワシを握り締め、一人はイワシを頭に乗せ、優雅さとしなやかさをあわせ持つ二人の仕事人と天才は砂地へと沈んだ。―――アーメン。
 2回戦の第2試合は乾・木更津コンビと越前・葵コンビの青学・六角混合ペア対決であった。どちらも凄まじい気迫をもって対する。白熱する試合の中、リョーマは己を捨て無我の境地へと達した。そして乾は己の特製たるデータを捨て、本能のみで戦う。それは無意識と本能の対決であり、正に野生の勝負と言って良い。そして最後にその試合を制したのは――超ルーキーコンビであった。若さの勝ちである。
 そして最終決戦。最後の試合は奇しくも部長ペアvsルーキーコンビとなったわけである。ちなみに観客勢はすでに存在しない。何故なら全員乾汁(製作者当人も含め)の犠牲となり、海辺の屍と化しているからだ。
 ここまでは勢いもあって予想外の勝負強さを見せ付けた一年生コンビ。だが、海千山千の部長、さらにはその能力も半端でないそれこそ化け物並みの体力と技を合わせ持つ全国区プレイヤーである部長二人が相手では分も悪かった。じりじりと追い詰められていくリョーマと葵の二人。その表情からは余裕が消えていった。
「――くっ・・この、ピンチから逆転できたら・・・・今日のボクはビーチでモテモテ・・・!」
 プレッシャーすらも楽しみとする葵剣太郎。そのポジティブな思考は賞賛に値する。が、それは諸刃の剣でもあった。真に強い相手とあたった時、その脆さは露呈する。
「ふん。前向き思考は結構なこったがな、その考えには修正入れた方がいいぜ?」
「ど、どういう事ですか?」
「簡単な話だ。男が思う『格好良さ』と女が思う『格好良さ』ってのは全くの別物だって事だ。それに女ってのは格好良い奴ばかりに惹かれるってもんじゃねぇ。ちらりと見せられる男の弱さって奴にほろりときたりするもんだぜ?強いばかりが女心を擽るポイントじゃぁねぇってな」
「な、なるほど・・!さすがは氷帝の跡部さん!そ、そうか。勝ってばかりじゃいけないんだ。ほんのちょっと負けこんで弱い所を見せたりするのがいいって事ですね!押すばかりじゃなくて引けと!なるほどっ!」
 妙な面で素直な剣太郎は跡部の言葉を鵜呑みにする。最も跡部の言葉は単なる口からの出任せではない。が、そのシュチエーションというものが万人に共通するものではないというのもまた一つの事実であった。例えば全てにおいて完璧とされる跡部のような人間が、ぽろりとその人の前でだけ弱みを垣間見せたりなどすれば・・・・それはもう必殺の一撃とも言える。あの自信に塗れた跡部様が見せる心弱い面・・など女心を擽りまくる事だろう。つまりはそういう事なのだ。
「――ちょっ!アンタ何馬鹿な事っ!!」
 思わずリョーマが怒鳴りつけたくなるのも道理である。跡部の言葉をそのまま実践しようとした剣太郎は、自分に向けて打ち込まれたスパイクを拾えた筈なのに取りこぼしたのだ。全くその肝心な女性ギャラリーもいない状況で何をやっているか、である。
「・・・・汚いよね、跡部さん」
「はっ!作戦勝ちって奴だろ」
「その余裕、いつまで見せていられるか見ものだね。――アンタに飲んで貰うよ、特製乾汁――っ!」
「できるもんならやってみなっ!おらよっ!」
 嘲るように笑う跡部の前でリョーマを取り巻く空気が変わる。覚醒、だ。無我の境地へと達したリョーマの姿がそこにはあった。
「―――越前」
 感無量といった態で手塚はそのリョーマの姿を見つめる。大石からの話で聞いてはいたが、実際に手塚が自分の目でそれを見るのは初めての事であった。秘めたる可能性を具現した姿に手塚は青学の柱はやはりリョーマであると確信する。
「手塚ぁ、なーにボケていやがんだ?てめーんとこのルーキーもだ。一人でトリップしてんじゃねぇよ。無我だぁ?脳内遊びだったらな、お部屋で一人で遊んでな!」
 高らかに言い放ち、手塚とリョーマをばっさり切り捨てるのが跡部だった。跡部からすれば、己の意識の範囲外にて勝負が決まってどうすると言いたい。だから跡部は真田や幸村という面々が達したという『無我』とやらには興味が無い。
 跡部はあくまで自分の思考の範囲内によってゲームを組み立て支配する事こそ好む。相手に対してもそれを望む。幾ら強いとはいえ、正気でない奴の相手など面白くないのだ。
「目ぇ覚ましなっ!青学ルーキー!いっちまった奴の相手なんざ、俺様はする気はねぇぜっ!」
「―――――っ!!」
 跡部のアタックがリョーマへと叩き付けられる。それは破滅へのロンドならぬ覚醒へのロンドであったかもしれない。
 無我という境地から理性という領域へ覚醒させる、跡部渾身のアタックである。効かぬ方がおかしい。そして、これほど覇気ある人物から放たれた意思というものは、相手にも突き刺さるのだ。
 はっと意識を引き戻されたリョーマはネット越しに対戦相手を見つめる。じっとこちらを見据えるようにしている手塚と、リョーマの意識が戻った事を確信している跡部の満足そうな笑み。この二人は、確かに正気の状態でこそ打ち倒したい相手だった。
 しかしながら、潜在能力が幾ら優れていようとも、それを発揮できなければ意味が無い。今の状態のリョーマには、手塚と跡部といった強敵を打ち倒す力など残っていなかった。
 
 六角中及び青学合同主催のビーチバレー大会、オジイ杯。
 その頂点に立ったのは、中学テニス界においてもトップレベルの実力を持つ手塚と跡部のコンビであった。二人にすれば、幾らお遊びのビーチバレーとはいえ、部長の沽券にかけて負けるわけにはいかなかった。そういう意味では最終決戦の相手となった葵剣太郎も六角中の部長職についているのだが、この件に関しては跡部が「部長なんてな、誰でもなりたいと思えばなる事はできる。だが、看板を背負えるかってのはまた別問題だ」とばっさり切り捨てた。
 葵剣太郎という存在を全く評価していないわけではないようだが、跡部の厳しい目から見ると剣太郎の部長としての姿勢は未だ及第点に届いていないようだった。
 何はともあれ、やはり部長は健在で最強という事か。跡部と手塚の二人はその卓抜した実力により、乾のイワシ水なる異様な飲料(といって良いのか甚だ疑問である)における脅威を退けたのだ。
 
「――ったく、柄にもなく熱くなっちまったぜ。ん、そろそろ時間だな。迎えも来る頃だし、今度こそ失敬するぜ?」
「跡部、付き合ってくれて有り難う」
「はん。てめーの健在ぶりを確認できただけでも充分収穫だ。次はんなポンコツで俺様の前に姿を見せんじゃねぇぞ」
「ああ、気をつける」
「そうしろ。竜崎先生も思いがけず乱入してしまい、失礼しました」
「いや。引きこんだのはこっちの方だ。時間の方は大丈夫かい?」
「ええ。そちらの方は問題なく、まだ十分余裕があります。それより問題は――――――そうか」
「どうした?」
「――竜崎、先生」
「何だい、改まって」
 先程までの激戦の名残など綺麗に払拭し、乱れた様子すらない涼しげな態度で跡部は竜崎スミレに向き直った。その視線は真摯でじっと想いを込めて竜崎の目を見据えている。世慣れぬ者が相手であったなら、口説かれていると勘違いしかねない程の視線であった。
「お願いが、あります。今晩お時間空いていらっしゃいますか?」
「デートのお誘いかい?嬉しい話だが、生徒とふしだらな関係を持つわけにゃいかないんでね」
「それも魅力的なお話ですが、今回は少々違いまして、もしお手すきでしたら式典でのパートナーとして参加していただけないかと思いまして」
「アタシがかい?そりゃまた唐突だね。だが立派な式典に参加できるような衣装は持ってきてないよ」
「それはこちらで用意致します。ささやかながらのご迷惑料としまして。―――助けて、頂けませんでしょうか」
 伏目がちに跡部は訴えるようにして竜崎を見つめた。このおねだり視線は跡部の奥の手の一つだ。跡部がこれを放って落ちなかった相手は居ないと言い切れる程に絶大な威力を放つ必殺の手段である。当然の事ながら、竜崎に対してもその効果はじわじわと発揮しつつあった。
「――そうだね、そこで頼られて断るようじゃ女がすたるってもんだ。アタシの魅力を損なわないドレスを用意してくれるかい?」
「その点はご心配なく。竜崎先生の魅力を余す事なく発揮する服を用意させて頂きますよ。これでもコーディネイトに関しては自信があるんです」
「そうかい。それじゃぁ付き合ってやろうかね」
「有り難うございます。それでは5時頃にお迎えに上がります。その前に衣装の方は届けておきますので」
「わかったよ」
 呆気に取られているる手塚と、そろそろイワシ水の悶絶効果が切れて復活してきた青学・六角中の面々がぽかんと見つめる中、跡部は優雅な一礼を残し、さらには竜崎の手を取り王侯貴族に対するかのように掌に接吻まで落とす気障っぷり。しかしながらそれが嫌味でなく憎いまでに様になっている辺りが跡部の跡部たる所以かもしれない。
 竜崎の事を尊敬はしているものの、そこはまだ若い中学生。多大な年齢差という事もあって竜崎のドレスアップした姿など見たくない・・・・と暴言(こっそりではあるが)を吐く者も居たのだが、身を清め、跡部から届けられた衣装を身につけしっかりとメーキャップした竜崎の姿を見て皆が皆唖然とした。
 老いてもなお目鼻立ちのはっきりした竜崎は、若い頃はそれこそ男の視線を釘付けにした迫力美人であったのだ。教師という役職柄、普段はあっさりとした衣服かテニス部顧問という役割上ジャージ姿の事が多いので、本気で気合を入れた竜崎の姿など生徒達は見たことがなかった。
 どういうマジックが用いられたのか、竜崎の身を包むドレスは出る所は出て、ひっこむべき所は引っ込んだ魅力的で女らしいなラインを醸し出している。くっきりと竜崎の目鼻立ちを華麗に彩るメイクは生徒達をしても先生は実は美人だったんだ・・・・と今更ながらに知らしめた。しかしながら、そんな竜崎よりも彼らを驚かせたのは、実は彼女を向かえに来た跡部の存在であった。
 昼間のラフな格好から一変した彼は、高価そうなスーツに身を包んでいる。恐らくは一般家庭における一月分の給料など軽く飛んでしまうような値がこの一着だけでも付いているだろう。高いものを見慣れていない彼らにしてもそれが軽く判別できる程に跡部が着ているスーツは高くて質が良さそうだった。
 いつもは軽く流している細めの髪をアップした跡部の姿は制服やジャージを着こんでいる時よりも4つか5つは上に見える。元々大人びた外見であるので、今の跡部の姿は到底中学生になど見えず、正に若々しい青年貴族といった姿であったのだ。たまに世で騒がれるセレブが目の前にいきなり出現して、一般家庭で育ってきた中学生でしかない彼らにとっては跡部のその艶ある姿は、おいそれと口を利けないような遠い存在として感じさせるものとなった。
 
「では、参りましょうか。それ程遅くならない内に送らせて頂きますので」
「なーに。まだまだアタシャ若いつもりさ」
 跡部がすっと差し出した腕に竜崎が腕を絡める。その光景は、竜崎が着飾っているせいもあって何というか―――有閑マダムと若いツバメに見えなくもない。最も、ツバメと言うには跡部は堂々とし過ぎているし帝王然とした態度を崩さぬ為、せいぜいが親子か、もしくは親族の叔母をエスコートする御曹司といった所が正しい見方かもしれない。
 
 
「今日は色々と驚かされたね。ま、跡部って存在事態がびっくり箱みたいなものなのかな」
「それは否定できないが・・・・しかし跡部は何故竜崎先生を・・・・」
「手塚、やきもち?」
「――――そんな事はない」
「ふふ。まぁ追求はしないでおいてあげるけど。跡部はきっと竜崎先生を虫除けにしようと思ったんだろうな」
「虫除け?」
「そう。昼間言っていたよね。玉の輿云々って。跡部の家柄からいって、上流階級の人達が集まる場なんていったら格好の狩りの獲物って事じゃないの?あわよくば娘を売り込もうとする父親が手薬煉引いているだろうし、妙齢の御夫人方にしても跡部なら、青田狩りして全く損はしないと思わせるんじゃないかな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 不二の言葉に手塚がむっと押し黙る。その顔はあからさまに不機嫌そうな表情だった。
「そういう顔は本人の前で見せた方が良いと思うよ?」
「・・・・そうさせて貰う」
「へぇ。手塚も積極的になってきたね。いい傾向」
「俺は娯楽ではないんだが」
「まぁまぁ。協力は惜しまないよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 手塚の内心では葛藤がせめぎ合っているようだった。不二という存在の手助けが得られればこれ程に心強い相手は居ないだろう。が、不二程ある意味では信用のできない相手はいない。手塚にすれば容易にその手をとって良いとも思えぬ相手だ。
「手助け欲しかったらいつでも言ってね」
「・・・・・・・・・考慮しておく」
 手塚としては今はそう答えるのが精一杯なのだった。
 
 
 深夜に近い頃になり、跡部の乗った車が竜崎を送って宿泊所に帰ってきた。跡部はそのままホテルに引き返すのかと思えば、家の方に戻るというのでもう遅いからと手塚は宿泊所に一緒に泊まるように引きとめた。最初は渋ったものの、強く抵抗するまでの事でもないと判断したらしい跡部は手塚の誘いに頷き泊まっていく事にしたようだ。
「何か食うもん残ってねぇか?」
「食事をしていないのか?」
「挨拶責めでそれどころじゃなかったぜ。それでも竜崎先生のお陰で大分助けられたけど。危うくぱっくり食われる所だったな」
「・・・・・・・・・・竜崎先生もお食事は?」
「アタシャそれなりに自由に動けたからね。いいもん食べさせて貰ったよ。この化粧落としてさっさと寝る事にするさ」
「そうですか。お疲れさまでした。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「竜崎先生、今日は本当にありがとうございました」
「なーに。こっちも楽しませてもらったさ。こういう誘いならいつでも歓迎だよ」
 大人の貫禄を見せて余裕の笑みを向ける竜崎に跡部が信頼の目で微笑む。綺麗にセットされていた髪も崩され、きっちり着込んだスーツも咽元を軽く緩め、そしてこの無防備な表情。ようやく自分の知る跡部が戻ってきたと思える手塚であった。
「食事はすでに片付けられているが、冷蔵庫には何か材料もあるだろう。軽い物でも用意しよう」
「手塚が?お前、料理できんのか?」
「・・・・・・・多分問題ない。油断せずに行く」
「――待て。場所と材料提供して貰えれば自分で作る。てめーは腹減ってないか?一人分も二人分も差はねぇぜ」
「そういえば少しばかり、減ってはいるか。夕食をあまり食べれなかったからな」
「へぇ。調子悪ぃのかよ」
「あまり食欲が無かったんだ。今は大分戻っている、ので少しばかり空いているな」
「だったらテメーの分も作ってやるよ。ついでにな」
「跡部の方こそ料理が出来るとは、それこそ意外だ。厨房に立つ姿など想像できないのだが」
「は、俺様は何でもこなせんだよ。華麗なる腕前をふるってやるから覚悟しな」
「了解した」
 どうにもすっとぼけた会話であるが、本人同士は真面目に言葉を発している。それであるが故におかしいのかもしれない。こっそりと隠れて盗み聞きしていた不二は同じく聞き耳を立てていたリョーマの口を抑えながら、必死で笑い声を立てないように堪えるのであった。
 結局の所、聡い跡部に気づかれて二人の前に出て行く事となった不二とリョーマの二人であったが、そのお陰で跡部お手製の夜食にありつけたのだから、得をしたと言えるだろう。
 六角中と青学の合同合宿における初日の夜はこうして更けていった。
 
 彼らの夏は、まだ始まったばかりである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
[ date: 2005/12/12 ]
 
あれ?ビーチバレー大会に跡部を送り込みたい、とただそれだけの小ネタの筈が。
不可思議な長さとなってしまいました。しかも何故だか塚跡が浸食してる・・あれ?