願いを
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――こうしてね、笹の葉に願い事を書いた短冊を垂らすんだよ。リ、リョーマ君、去年見なかった?」
「笹が飾ってあるのは、見たような気がするけど」
 あまり興味の無い態を装いながら、リョーマは飾られたばかりのピンクの短冊を指で弄んだ。
 
 
 
「明日雨なんだけど!」
「アァ?」
 詰め寄るように訴えられ、跡部は秀麗な顔を軽くしかめた。
 じろりと日本人にはない薄い色彩の瞳を訪問者ならぬ珍入者へと向ける。
 この一年で格段に伸びた伸長。けれどももともとの伸長差からいっても跡部の見下ろす目線との格差はまだまだだ。
 トレードマークの帽子の天辺から視線を流せば背後にはここ数日見慣れた植物がわさと横たえられていて。
「そーいや七夕だったな」とか、「こいつここまで運んで来たのかよ」とか、「それで何故俺の所へ来る?!」と、まぁ、思う所はいろいろ。もはやもう何というかいうべきか。
「どこから突っ込んでいいのか、わからねぇな」
「そんな事より問題があるでしょ」
「てめーが言うな。てめーが。その有様から察するに、七夕絡みの話か?はん、てめぇにも、んな祭り事に興じる可愛気があったとはな。まぁ、元気そうじゃねーの?タッパも少しは伸びたみてーだし。噂で聞いちゃあいるぜ?新青学の柱の御活躍ぶりはよ」
 一挙にたたみかけるように言い切ると、リョーマは何とも言えないような複雑そうな表情を浮かべた。跡部をして小生意気なガキと称される挑戦的な面構えが基本のリョーマにしてはいつになく勢いがないと言える。
「だから、それより明日の天気なんだけど」
「あーん?出合い頭にも抜かしやがったな。雨ね。なるほどね。雨が降ったら七夕祭りができねぇとでも言いてぇんか?」
「雨が降ったら天の川が溢れちゃうんでしょ?」
「まあ、増水すりゃ川は氾濫するもんだ。で?何故それを俺様に言う?」
「だってアンタ何でもできんじゃん」
「・・・・さすがに天候まではどうにもできねーよ。そういうオネガイゴトはな、手塚の奴にでも訴えろ」
「あの人にお願い言ったって何にもなんないじゃん」
「信用ねーな、あいつも」
「とにかく!晴れてくんなきゃ困るから!」
「おい?」
 ばさりと笹を押しつけられ、跡部が戸惑う隙にリョーマはくるりと背を向けて駆け出していってしまった。
「―――俺様に飾れってか?相変わらずいい度胸してんじゃねーのよ」
 呆れながらも落とさないように抱え直した跡部の目先に願い事が記された短冊が目に入る。
 
 
(跡部サンと再戦できますよーに     越前リョーマ)
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
(跡部と試合がしたいな    不二周助)
(跡部さん、今度は俺と試合っス    桃城武)
 
 見れば、他にも青学の主だった面々の短冊がそこかしこにあった。どころか―――
 
 
(コートを走る跡部君が見たい    千石清純)
(泣かせてやるから勝負しろ!    神尾アキラ)
(いつかの決着をつけたい    真田弦一郎)
(公式選で勝ち上がってきたら遊んであげるよ    幸村精市)
(跡部居ないとつまんないC〜  ジロー)
(激ダサイ事してんじゃねぇ、さっさと戻ってきやがれ    宍戸亮)
(今度こそ下克上、させて貰います    日吉若)
(待っとるで      忍足侑士)
 
 どれもこれも、願い事という形を真似た訴えの如きメッセージばかり。
 その全てがみな、跡部へ向けての・・・・
 
 
「は。一部、願いごとにゃ到底見えねぇが。特に幸村の奴・・・・・・・・、ま、あいつらしいっちゃ、らしいんだがな。しかし越前の奴、こいつら全員の所へ行ったのか?ご苦労なこった」
 
 短冊だけを送らせた可能性もあるが、多分違うだろうと思う。恐らく、走り回ったのだ。
 
 笑いたいのか
 泣きたいのか
 呆れてるのか
 怒ってるのか
 口惜しいのか
 馬鹿らしいのか
 嬉しいのか
 切ないのか
 苦しいのか
 
 
 自分を保つ事には自信がある筈の跡部の感情がぶれていた。
 どの思いも強く、どの感情も真実で、どの衝動も溢れ出そうで。そんなごたまぜの状態を抑え、跡部は丹念に笹に飾りつけられた短冊をひとつひとつ調べた。
 その中で、あるだろうとも、いやないだろうとも、どちらとも思えた名を見つけ、ぴたりと手が止まる。
 
 
(お前はそんな所で終わる男ではない    手塚国光)
 
 
 
「・・・・・・は。ったくよ、どいつもこいつも――」
 
 くっくと込み上げてくる笑いを跡部は抑える事ができなかった。目頭を押さえ、零れ出る笑いに肩を揺らす。
 
 跡部は中等部での全国大会を機にテニスを止めていた。もともと、中等部に上がる前にそういう誓いをした。
 遊びは高等部に上がるまで――そう、祖父に明言されていたのだ。父も母も、跡部がいかにテニスを愛しているか知っている。この3年間の跡部の生活を見、「お前が望む道に進んで良いんだよ」と、父も母も言ってくれるようになった。けれども、一度取り交わした約束を破棄する事など跡部にはできない。そして、自分に課せられる責任を、よく理解していた。
 高等部に上がるまでは好きにして良いと言われてはいたが、跡部は部の引退を機にテニスラケットを置いた。そのまま、二度とボールも握っていない。止めるからには中途半端に関わるつもりはなかった。それは未練を断ち切る、という意味においても必要な事であったのだ。
 当然の事ながら、跡部の周囲は騒ぎに騒いだ。手塚や幸村といった者達が取り上げられがちだが、跡部もまた将来プロテニスプレイヤーとして、日本のプロテニス界の黄金期を担う事を期待された身であったのだ。
 ライバル達も当然、跡部のその決断を歓迎などしなかった。電話にメール、時には直談判に押し寄せてきた。高等部に上がってはや3ヶ月。多少は減りはしたものの、今でも彼等からの翻意を促す攻勢ぶりは、留まる事を知らない。
 近頃では彼等の熱を冷ます為に、電話もメールも出る事はないし、面会の方もシャットアウトしていたのだが・・・・まさかこんな手を用いてくるとは想像だにしなかった。ラケットを置いたとはいえ、身体を鍛えるトレーニングは欠かしていない。その跡部の腕に、大した重量などない筈の笹が、ずしりと重い。
 
 
「願い、ね。こうまでされちゃ、叶えねぇわけにゃ、いかねぇか」
 
 は、と笑いを漏らす跡部の表情は、重しの全てを解き放ったかのような、すっきりとしたものだった。
「まずは手始めに、照る照る坊主でも作って、雨除け祈願でもしてやるか」
 抱えた笹を窓際に立てかけ、跡部は足取りも軽く歩き出した。
 
 
 
 
 
 
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