Heaven
男は空を見ていた。
青い空だった。
晴れ渡り、澄み切った冬の空。
ふと頬を刺すような風に身を竦め、ぶるりと体を震わせた。
凍える手をさすり暖かな息を吹き掛ける。
足下が暗い。
重い気分で顔を上げ、再び空を見る。
晴れ間は、いつしか雲にすっぽり覆われ、消えてしまった。
ちら、と白い物が空より舞い降りる。
最初の一片は差し出した手の上には乗らず流れていく。
だが、まるで追いかけてくるるかのように後から後から落ちてきた。
雪は男の姿を覆い隠す。
白い膜をまとったかのように男の姿が紛れていく。
まるで存在の痕跡を消すかのように―――
時は12月の暮れも間近。
人々が騒ぎ浮かれるクリスマスの前の前の日。
一夜が明ければ、クリスマスイブ。
聖なる夜が近づいている。
「――跡部が消えた?」
「声、抑えてや。内々の情報やから」
驚く相手に忍足はしぃと口元に指を当てた。それ程大きな声を出したわけではない。そして奥まった席に陣取った彼らの会話が他所に聞こえるとも思えない。けれども忍足の表情は真剣で、どこか抜けたような表情しか目にした事がない者からすると、それだけで大事だと知れた。
「――また人騒がせな。何やら企んでいるのではないか?」
呆れたように腕を組みふんぞり返るようにして口を挟んだのは中学テニス界の皇帝と呼ばれた男、真田弦一郎であった。その隣に座る、長らく病に臥していたが今は順調に回復してきた幸村が咎めるような視線を送る。
手が出たり、蹴りを入れたりなどはなかったが、条件反射とでもいうのか、真田は「――うむ、すまん」とごほんと咳払いをして忍足に頭を下げた。
「自分の意思で消えたとちゃうねん」
「どういう事だ?」
「跡部、あれで生真面目な方でな。約束事の類いを破る事はないんや。二日前、跡部はクリスマス用の衣装を仕立屋に引き取りに行くはずやった。店には30分程で着くと連絡があったきり、そのまま現れへんかった」
「だが、それだけでは何とも言えまい?」
静かに話を聞いていた手塚がこれまた冷静に問いを発す。先程からぴくりとも驚いた見せない様はさすがである。
その他の者は騒ぎ出しこそしないものの、大なり小なり驚愕から立ち直るのと、事態を把握するのにしばらくかかったようだ。
「待って。跡部GPS付の携帯持っていたろ?」
「探したわ。で、居所追うたらガキが得意そうに使っとった。――拾うたんやて」
「盗んだとかじゃないんだね?」
「きっちり吐かせたわ」
「――まあその手段は聞かないでおくよ」
にっと笑う忍足の表情は、どこか嘘寒さすら感じるようなものであった。イコール、それだけ跡部に思い入れがあるという事なのだろうが。
忍足と同じ立場でその相手に相対していたら‥‥確かに手段は選ばないな、と数名は己を冷静に判断していた。
「誘拐、か?」
「恐らく」
「だけど、ニュースになってないよね?」
「内々やて言うたやろ。公にできへんのや」
「何故だ?」
「要求がない。一切や。跡部の家族も自ら姿を消したと一縷の望みをもっとったみたいやけど、携帯の件と、今朝見つかった跡部の荷物にその線は消えた」
「跡部家の跡取りが誘拐ともなると大騒ぎになるな」
「犯人を刺激する、と?」
「親御さんが心配しとるのもそこやねん。それと愉快犯の類いや。騒ぎに乗じてうまい汁を吸おうという奴が居るやろ。情報が混乱してまう」
「それなら俺達に話して良いのか?」
「親御さんからの依頼や。俺らに手伝って欲しいやて」
「一介の中学生に?」
「ただの中学生やないやろ。俺らのバックボーン、きっちり調べてあるで。その上で頼みたい、やて。当然断ってもええ。冗談やなく危険を伴う」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
無理強いできる事ではないからと、忍足は静かに言った。その忍足本人の表情は静かで、彼がいかなる決意を秘めているか知れようというものである。
簡単に安請け合いできる事ではない。だが見なかった事、聞かなかった事にできるものでもない。葛藤が皆の胸に広がった。
そんな中、一人静かにカップに口をつけていた幸村がカチャリと皿に置き、常より更に穏やかさを増した微笑を浮かべて忍足に向き合った。
「――だけど、跡部は今、危険なんだね?」
「多分」
「それなら俺は悩むまでもないよ。それに、跡部にはクリスマスに付き合 って貰う予定だったし、約束守って貰わないと」
「幸村、お前いつの間に?」
「去年ね。入院したばかりの時、跡部が見舞いに来てくれて、今年一緒に過ごす約束を取り付けたんだ」
「・・・・・・・無理矢理だろう?」
「快く了承してくれたさ」
くすりと笑う幸村に、真田が胡散臭そうな視線を向けた。
[ 2005.11.18 ]
元ネタ有(されど原型止めず)。クリスマス企画にでも使えぬかと目論み中‥‥