症候群
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 バタバタと、騒がしい足音に跡部は形の良い眉を潜めた。
  
「―――急患だね」
「・・・・・・そうか」
 場所が病院である以上、それは当たり前の事とも言えるのだが、ふと重い物を飲み込んだような気分にかられる。
「大丈夫。ここのスタッフは皆さん優秀だから」
「そーかよ」
「跡部だって知っているだろう?」
「・・・・・・知らねぇな」
  
 にこりと笑む幸村の顔からふいと視線を逸らす。
 白い寝具に白いシーツ。白い病室に青白い肌。
 常勝王国と名高い立海大付属の幸村精市は、長い入院生活を余儀なくされていた。
 突然の入院の知らせを受けたのが昨年の冬。聞きなれぬ病名に跡部は知り合いのツテを通じてでき得る限りの情報を調べた。
 当然、病院のスタッフの事もである。その事を幸村は当てこすっているのだが‥‥知られているからといて正面きって認めるわけにもいかない。負けたような気がするからだ。
 跡部は礼を言われるという事に慣れていない。誰かの為に為した事であっても、それを当人に知られたいとは思わない。むしろ何も知られぬままに済ますか、「余計事を―」と悪態を付かれる方がましというものだ。感謝や好意が欲しくてやったわけではないというのが跡部の言い分だ。ただの自己満足に礼など言われるのが嫌なのだと、跡部の天邪鬼たる所以である。
 急患として運び込まれたのは、自分達とそう変わらない年若い少女だった。治療を終えた後、幸村の隣の部屋が空いていた為そこに運び込まれた。 その様子を見ていた幸村が「彼女は‥‥」と痛まし気に表情を歪めたのを見て、跡部はその少女が幸村の知り合いであると知る。
 この心優しい友人は密かに憂うのだろうと見て取った跡部は、幸村が検査に連れていかれた間に病院のスタッフから必要な情報を得る事とした。
 当然の事ながら守秘義務という事があるので、容態や少女個人の情報に関してのガードは固い。が、そこはそれ、ここはそれ。医師も看護師も人間である。 その気になれば幾らでも社交的となれる跡部の華やかな笑みと柔らかな態度と、知らず相手を惹きこむ生まれついてのカリスマ性はこのような場においても有効だった。
 ただし跡部が幸村の見舞い客――友人である事も大きく作用はしていた。跡部の推察通り、少女と幸村の間には少なからぬ交流があるようで、幸村が検査から戻ったら少女の元へ行っても構わないだろうか?という跡部の問いに、看護師は快諾してくれた。
 運び込まれて随分時間が立つというのに一向に現れない彼女の家族に代わり、慰めて欲しいと逆に頼み込まれた。
 
 
「――え?」
「気にしてただろーが」
「・・・・よく、わかったね」
「俺様を見くびるんじゃねぇよ。こういうモンは早い方がいいだろ。―――家族の見舞いも来ていないようだしな」
「そうか。相変わらずなんだな。彼女の家族は」
「相変わらずって事はいつもこうなのか?」
「え?ああ、うん。広言するような事じゃないけれど、彼女が入院する度に見舞いで来た事はないね。入院手続きと退院の手続きと、その時ぐらいだ」
「そーか。同情、してんのか?」
「‥‥・・どうだろう。俺には仲間達が来てくれる。こうして跡部も来てくれる。同情、なのかな?」
「―――さぁな。どう取るかは相手次第だろうが。‥‥・・親しいんだろ?」
「うん。そう、思っている」
「だったら喜ぶだろ。俺は邪魔かもしれねぇが」
「そんな事はないと思う。跡部が一緒なら大抵の女性は喜ぶよ」
「どういう確信だ?」
「王子様を嫌う女の子は居ないだろう?」
「はっよく言うぜ。てめぇの方こそ王子様面だと思うがなぁ?温和で優しくて礼儀正しく寛容で――」
「あはは。跡部にそんな風に褒められると怖いね。じゃぁ、Wプリンスでお姫様の見舞いに行こうか」
「・・・・まぁいいけどな」
 僅かな嫌味を含めたものであったのだが、軽く受け流されて跡部は肩を竦める。まぁ幸村相手にこういう方面で勝負になるとは思ってもいないのだが。
「おら。てめぇが持て。手ぶらで行くのも何だからな。下で買っといた」
「用意いいね。だけど跡部が持った方が良いんじゃないかな?」
「これぐらい常識だろ。てめぇのイメージに合わせた花なんだからてめぇが持て。俺ぁ単なる付き添いだ」
「はいはい。了解しました」
 
 くすくすと笑う幸村がゆっくりとベッドから降り立つ。跡部はごく自然な動作で少し薄くなったその肩にカーディガンをかけた。
 
 
 
 
 
[ 2005.11.13 ]
 
WEB拍手より転載。