神はサイコロを振らない
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
the first day
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 空港に降り立つと、用意されていたバスでそのままホテルへと移動。
 硝子越しに多数の人々の姿が見えた。幾つかは見覚えのある姿もあった。その時、ああ、これは夢ではないのだと自覚した。
 感動の再会は、日と時間を改めてという説明に乗客達から不満の声が上がる。まぁ当然だろう。いきなり未来の世界へ現れて・・不安に満ち溢れ・・そんな時には家族や友人と触れ合う事で安心を得たくもなるだろう。だが結局航空会社側が用意した対策委員会の総括らしい人物は、言葉と態度ばかりは丁寧に、けれどもお待ち下さいの一点張りで、話の通じる余地などなかった。
 外部との接触を阻まれた完全なる隔離状態―――本来であれば、この態のよい軟禁状態を当面強いられる事となっただろう。だが、世の中を回すのは結局金の力が物を言う。402便の帰還の報を受けた跡部の家族の行動は素早かった。早晩、東洋航空を手中に収める。意見を通したいのならば、強い立場に立てばよいという事。その理論を相変わらず前面に出す父母の行動に・・・・10年の月日を経ても変わらぬ人達に、跡部は密やかに笑みを浮かべた。
 
 消失の瞬間から復活への間。それは意識的にはほんの僅かなものだった。電子機器に異常は見当たらないという事で、エマージェンシーコールではなく通常のアプローチとして管制圏への進入許可を求めた機長と副操縦士は、管制塔へと通信したのだが、その内容は驚くべきものだった。
 本来ならばその内容を知る事はないのだが、あまりに彼等も動揺していたのだろう。客室内へと通信内容の一部が流れてしまったのだ。慌しい問責の後に伝えられた事実。10年の月日が流れているという話を、誰がそのまま信じられようか。だが・・・・一瞬前に感じた恐怖を、皆が体で、その身で覚えていた。
 客室乗務員の「落ち着いて下さい」という声を打ち消す程に騒乱の渦となった機内。中にはそのまま飛び出しかねない者すら居た。そんな事は何の解決にもならぬというのに、その場から逃げ出したい衝動で何も考えられなくなってしまったのだろう。
 跡部は素早く状況を見定めると、コックピットの方へと向かった。傍らに座った越前がいつになく縋るような視線で腕を掴んできたのを笑みをもってなだめながら。滅多に放出しない、身内にしか見せない包み込むような笑みを向けられた越前は、えっ?という顔で驚いたまま掴んでいた手を離した。トレードマークの帽子の上からぽんぽんと軽く頭を叩き、「すぐ戻ってくる」と言い置くと、越前はぷいと顔を窓の外へと向けた。帽子の影から覗く耳が赤く染まっていたので照れている事は間違いなかった。
 機長達は、当然の事ながら現れた跡部に席に戻るように言ってきたが、このままではパニックになりますよ、と静かに伝える跡部の言葉に助けを求めるように宙を見上げた。彼等とて、こんな事は想定外なのだろう。だが、大人としての意地もあってか、すぐに表面上のみは平静さを取り戻した。
 
「君は何故ここへ?」
「あまり騒がしい環境は好みませんので。現状の状況説明の後にマイクを貸して頂けませんか?微力ながら乗客の説得に力をお貸ししますよ」
「君が・・・・?」
「この手の事は得意ですので。長く生徒会長などもやっておりましたので、演説等はお手のものです」
「・・・・・・・・・・」
 
 元々が年齢よりも数歳は上と見られる跡部である。そしてこの際には、越前の保護者的立場からも概観上に気を使い、質の良いスーツに身を包み、髪をアップし額を顕わにした姿からは、そして跡部の落ち着き、自信に塗れた態度からも、中学生であるとは到底思えぬだろう。
 跡部の力に満ちた声音には、相手を落ち着かせる効果もあったようだ。氷帝部員200名を意のままに操る事で知れるカリスマ性は、厳しい訓練を受けたパイロット相手にしても見事に有効であるようで、丁寧な物言いの中にも相手を従わせる事に慣れた口調に、機長と副操縦士の二人は緊急措置という事で跡部の言葉を受け入れた。
 パニック寸前であった機内は、静かに語りかける跡部の言葉に次第に沈静化していった。この機は間もなく空港に降り立つ事と、今後の事は跡部財閥の名にかけて出きうる限り尽力しますので御安心下さいと、耳障りのよい低めの声にざわめきが静まっていく。すっかり落ち着きを取り戻した客室内に跡部が戻る頃には、それぞれ自らの席に戻り、客室乗務員が温かな飲み物を配っている所だった。
 
 
 ホテルを貸し切った状態で跡部にあてがわれたのは最上階のスイートルーム。英国入りの際には上等ではあっても普通(跡部レベル的に)の部屋を利用したので、跡部に連れだってやってきた越前は、あまりの仰々しさに呆気に取られている。
 そして・・・・・・何故だか跡部もまた、唖然というか呆然というかこの先の行動を思案中。
 何故ならば―――
 長い一日が終わりようやく休めると思った部屋の中に先客が居たからだ。それも一人二人のレベルではなく、ぞろぞろと。それはもう、ぞろぞろと。
「――てめぇら」
「遅かったじゃねーか!」
「待ちくたびれたC〜寝ちゃう所だったよ、あとべー」
「ジローはいつも寝てんじゃん」
「どうしたの?扉の前で立っていないで中へ入ったら?」
「食事は、済ませていらっしゃいますよね」
「跡部、さん・・・・・・お久しぶりです・・・・」
「あ、喉乾いていませんか?用意しますね!」
「待て待て待てや。感動の再会シーンやで?ここは一発胴上げといこうやないか!」
「侑士〜、ベタすぎ。第一、部屋ん中でやる事じゃねーだろ」
「・・・・・・・・・・・・・」
 どいつもこいつもやかましくも騒がしい。室内にたむろっていたのは、跡部にとって見覚えのありすぎるメンバー達で・・・・かつてのチームメイトたちが勢揃いしていた。それぞれ好き勝手に騒ぎあい、まったく変わっていない。
 おいおい10年立ったんだろ、お前達の辞書に成長の2文字はねーのか?と、怒鳴りつけそうになった所を辛うじて堪える。階貸し切り状態とはいえ夜中に近い時刻。騒いでよろしい時間帯ではない。
「それでどうやって潜りこんだ?アァ?」
 しかも揃いも揃った大人数。こそっとひっそり忍び込み・・・・では収まらない。
「今回は正攻法や」
「跡部の御両親にかけあってね」
「泣き落としもしたぜ〜」
「脅しはしていません」
「駆け引きはしまさたが」
「駆け引き?」
 微妙ひっかかるワードに跡部の眉が綺麗に上がる。
「跡部当分家帰るつもりないよね。駄目だよ。一度、ちゃんと顔を見せるように説得する約束したから」
「・・・・・・勝手な事を」
「あかんで。親御さんめっちゃ心配しとった。顔見せて安心させたり?」
「照れくさいんだろーけどさ、10年、待たされたんだぜ?」
「・・・・・・そんなんじゃねーよ」
「跡部はさーまた余計な事背負ってるんだよね〜」
「ジロー」
「乗客全員に」
「・・・・・・戸惑ってるのはこっちも同じだ。そして俺には対処する力がある」
「跡部は15の中学生や」
「まあ形式上はな」
「全く。そういうのは大人に任せなよ。航空会社が処理する事だよ」
「その肝心の東洋航空を跡部が買い取ったぜ」
「ーたまらんなぁ。久々で忘れとったわ、この感覚」
「もう一つ理由はあるな」
「何ですか?」
「てめぇらが、『大人』なんだよな。どこが頼れるって?」
「その悪たれが跡部やわ」
「・・・・・・・・・・・可愛くねぇ〜」
「可愛かった覚えはねぇな」
 仲間の叫びに跡部は高らかに笑い声を立てた。
 
 結局。ゆっくり休む事は敵わず、部屋に押し寄せてきた旧友達を囲んでのなし崩し宴会へとなっていった。跡部にとっては馴染みの奴等ばかりなのでまだ良いが、越前にとっては居心地が悪いか?と気に病んだのだが、ちょうどその時跡部の携帯に連絡が入った。
 下のロビーに越前の両親が駆けつけてきたという。越前は躊躇したのだが、ちゃんと顔を見せてこい、と跡部が言うと渋々ながらもその言葉に従った。だが、その半分ぐらいは両親が連れてきたらしい飼い猫の事が理由となっているのだろう。越前はその猫をとても可愛がっていた。今ではその猫も老齢であるだろう。よく生き残っていたものだと感心もする。
 もしかすると・・・・越前の事を待っていたのかもしれない。
 氷帝メンバーのみとなった室内は、完全無礼講となった。どうやら酒やらつまみやらを大量に持ち込んだようで、食べるものにも飲むものにも事欠かない。跡部はアルコールが弱い方ではないが(年の事は御愛嬌というものだろう)、アルコールが入ると思考が緩くなるのでその場では清涼飲料水のみを口にしていた。仲間達の近況を肴として。
 
「忍足、てめぇは?」
「お医者様やで」
「世も末だな」
「ひどっ!」
「宍戸さんはこの春より氷帝学園の先生になるんですよ!」
「宍戸が教師?赤点ばっかだったてめぇがかよ。成績落ちんじゃねぇか?」
「うるせぇっ!」
「で、テニス部引き継ぐのか?」
「監督には打診されてる。1年副顧問でついて、後は任せるだとよ」
「ふん。監督業はあってるかもな。暑苦しい部になりそーだが」
「跡部〜俺はね〜」
 会話がの途絶える暇すらなく、ひっきりなしに誰かが話かける。仲間達の中でプロの道を選んだ者はいなかった。それは、元々わかっていた事ではあるが。
 かつてのライバル達の中にはプロとなった者も居るだろう。そこら辺りを聞こうかとも思ったが、今は仲間達の話を聞く事にする。
 どうもタガが外れてしまったのか、子供返りしている気がする。跡部が他の奴等を気にかければ本気で拗ねそうだ。
 ったく、いつまでたっても世話の焼ける奴等だぜ・・・・、と跡部は憂いを忘れいつしか本気で笑いあっていた。
 これから先、面倒な事は山積みだろう。けれどもこの仲間が救いとなる。そんな予感と共に。
 
 
 思い思いの格好で酔い潰れて寝入った仲間達にお前ら実は騒ぎたかっただけじゃねぇのか?との疑いも抱く。本気ではないけれどこの有様ではそう考えたくもなった。
 大の字で酒瓶を握り締めたままの忍足の体をけり転がすと何とか通路ができる。
 跡部は空瓶や転がっていたグラスを拾い集め、隅によせると、叩き起こすか放置するかしばし考えた。
 まあ、今日は特別だな、と薄く笑うと、シーツや毛布をベッドから引きはがし、酔っ払い達の体にかけた。隣接した部屋に移動した跡部は手配しておいたものを確認し、またどうしたものかと先を考える。好い加減、疲れてはいる。だが明日からはもっと慌ただしいだろう。今のうちにある程度の情報を集めておくのは必須要件に思えた。
 軽くマニュアルを確認すると電源を入れPCを立ち上げる。通信回線を繋げばその先には跡部の求めている情報があった。
 こんな場合にも一番気になるのはテニスの事で、情報ページを開くと大体予想していた名が連なっていた。一応満足すると今度は402便に関する情報を探す。幾層をも辿っていくうちに毒々しいフォントをまき散らした趣味の悪いサイトに突き当たった。
 誰もが耳を貸さなかった乾の説を、その頁は拾い上げていた。そして、跡部達の乗る東洋航空402便が戻ってくると、空港へ集結せよと、そう記されている。あまりの胡散臭さはいっそ滑稽な程だ。跡部はちらりと眠る仲間達――今では成人した彼等の居る方に視線を向けくっくと笑う。
「―――こんな、似非臭ぇ檄に乗らされやがってよ・・・・」
 呆れるしかない事に仲間達は全て揃って現れた。話を聞くとかつての部員達の多くも・・・・同級生、下級生達すらも・・・・空港に押し寄せかねない状況だったという。だが、到底信じられぬ話である事と、跡部に関わる者だけでも2000名近くでは空港側が警戒して締め出しされないという事もあり、忍足達が代表となってやってきたという事らしい。全く本当に・・・・呆れる他はない。
「ア?」
 カタカタと画面をスクロールさせていくと、新着情報とされるものが見えてきた。
「・・・・・・・・・・・・・」
 チクリと首の後ろが総毛だつ。跡部は嫌な予感を抱きつつも、その先へと進む。
 奇跡はそうそう起きるものではない。そもそも神の気紛れを奇跡というのか。
 
 跡部はそんな事を考えながら、椅子に背を預ける。
 身体がどっしりと鉛を呑んだかのように重かった。
 
 
 長い一日の終わりは、眠れぬ夜と共に明けていく。  
 
 
 
 
[ 2006.02.10 ]
 
書散らしプロットモドキ第4段。