神はサイコロを振らない
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ten years ago
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 突然の報だった。
 その前日までの会話は何処までも呑気なもので。
 越前リョーマの付き添いとして、旅立っていた跡部の帰国の報を受けて皆で浮かれていた。
 口が悪くて態度が悪くて底意地が悪くて俺様な跡部であるけれど・・・・・・その乱暴な態度の裏にある優しさを知らぬ自分達ではない。
 いっそ跡部ファンクラブと言っても良い程に、自分達は跡部景吾という存在を好いていたのだ。
 
 誰よりも綺麗で。
 誰よりも賢くて。
 誰よりも強くて。
 誰よりも優しい。
 跡部景吾という、眩し過ぎる程の存在を。
 自分達の世界は全て跡部を中心として、輝いていた。
 
 
 
「空港まで迎えに行ったろか・・・」
「代理のお前まで居なかったら駄目だろー」
 
 半分はお遊び的嫌がらせ、そのまた半分は隠し切れない喜びをもって、空港まで皆で駆けつけて出迎えるのは良い考えにも思えた。何も1年も2年も離れていたわけではない。 だが、跡部の不在という日々はひどく味気なく物足りない日々で――こんな思いを自分達に味あわせた跡部に対して、少しばかりは報復したいとも思うわけだ。
 だが、そんな忍足の提案に乗り気になったのは数人で、その他はといえばあっさり却下してくれた。まぁ、日付が日付なだけに仕方ないと言えば仕方ないのだが。何しろ、跡部が戻ってくる日は忍足達が卒業する晴れの日と重なっているからだ。いや、式に間に合う為に帰ってくるのだから当然と言えば当然なのだが。
 
「跡部やし、間に合うに決まっとるやんか。俺は単なる保険やで?」
「跡部さんは責任感の強い方ですから、遅れる事はないでしょうね」
「お土産何かな〜」
 
 日本を離れている跡部の代わりとばかりに、何かと押し付けられたのが忍足だった。出立前まで何も聞いていなかった忍足は、教師その他に「後の事は忍足に任せろという事だ」と真面目くさった顔で言い渡され、唖然としたものだ。面と向かって言い渡されたら逃げ出すだけだろう、との跡部の思惑もあってギリギリまで秘されていたらしい。さすがの洞察力。インサイト顕在というか。今考えて見ても、前もって知っていたら遁走していただろうと自分の事をよく理解している忍足であるが、それが嬉しいわけがない。『この分は土産で贖って貰うで』と、跡部達の泊まるホテルに恨み混じりのFAXを送ったのはちょっとした嫌がらせ。だが跡部の事だから、素直に恩と抱いてくれるか、甚だ疑問に思う所ではある。
 
「樺地も嬉しいだろ?」
「・・・・ウス・・・・」
「あ、泣かせた」
「な、何でだよっ!俺のせいか?」
「明日の卒業式でお別れなんだから。繊細な樺地泣かしちゃ駄目でしょ」
「泣くのは明日までとっておけよ」
「―――ス」
 
 そんな風にわいわいと。いつもの調子で仲間達と騒いでいたというのに。
 卒業式に望む為、跡部の代理で卒業生代表としての進行を打ち合わせる為に早めに体育館に向かっていた忍足に知らされたのは、跡部の搭乗した便が消息不明となったという凶報だった。
 
 最初は冗談だと思った。随分質の悪いジョークだと。だが沈痛な面持ちの榊の顔に嘘や冗談の色など見られない。
 衝撃に顔色を喪った忍足に榊は淡々と告げる。まだ、墜落と決まったわけではない。事故機は発見できていないと。
 だから、最悪の事態ではないのかもしない、と。
 何が最悪でないというのか。墜落という衝撃において命が助かる者はほとんど居ない。しかし皆無ではない。奇跡の生還者というのは時に居るのだ。しかし、辛うじて生きのびて いたとしても、時が流れれば生還率は格段に下がる。
 早く探し当てなければ、今もし生きていたとしても助からなくなるではないか。いや、どこかに緊急着陸しているという可能性もある。電子機器がいかれていて、連絡手段がないのかもしれない。そんな風に幾つもの可能性を思い立て、そしてそのどれも誤りであると忍足のどこかが訴えていた。
 
 跡部は居ない。
 この世界のどこにも存在しない。
 忍足は奇妙な感覚と共にそれを事実として認識している自分に気付いた。
 
「式を中止するわけにはいかない。忍足。お前が代表として出るんだ」
「こないな時に、何言うて!」
 詰め寄ろうとした忍足は榊の瞳に隠そうとしても隠し切れない悲嘆を見た。
 そうして思い出す。
 この人は誰よりも跡部に入れ込んでいたという事実を。
 泣き喚けるのならば、誰より泣いて喚いていたのであろう。
 大人というのは不便なもんやな―――と、ささくれ立っていた感情がすうと静まる。
 落ち着け。落ち着け、と自分に言い聞かせる。
 ここで自分が取り乱していたら―――仲間達はどうなるというのか。あの感情豊かな仲間達は、この知らせを聞いてどれほど取り乱すだろうか。そんな彼等を支えるのは自分の役目だ。跡部の代わりに・・・・・・・・忍足は跡部に後を託されたのだ。
 
「予定どおり、ちゅうことですね?」
「ああ。式は予定通り執り行なわれる。来賓も多数来られるのだ。中止にも延期にも出来ない。ただ、結果がどう転ぼうとしても・・・・跡部は式には間に合わない」
「・・・・・・・放り出して駆けつけたい、言うたら?」
「お前がそんな事を言うようでは、他の奴も同じだろう。お前達の仲の良さは知っているが。卒業生も、在校生も、これ以上動揺させるな。何も問題はないのだと、平然としているんだ。跡部の影響力は強過ぎるからな」
「・・・・・・・そやね」
 
 氷帝学園きってのカリスマ部長にして、名物会長であった跡部の影響力は計り知れない。
 下手をすれば軽いパニックすら起きかねない。
 
 
 忍足は重い気分を抱えたままで卒業式に臨んだ。
 生徒達が集まった体育館では、卒業という儀式に望む際ばかりでない緊張感が満ちていた。
 涙ぐむ女生徒。
 呆然自失の下級生。
 そして、理解が追いつかぬらしい部員達。
 跡部が戻らない。ただそれだけの事実が―――これ程までに自分達を打ちのめす。
 
 
 
「―――――忍足侑士」
「―――――はい」
 
 
 名を呼ばれ、壇上へと進む。
 ギシギシと鳴る階段がひどく耳障りだ。
 一段、一段上る。
 足が、重い。
 酸素が薄い。
 たかだか数段の階段が、果てしなく遠く感じられた。
 
 証書を貰い、礼をする。
 長々と埒もない、『有難いお話』とやらを聞く。
 そうして静かに座り、式が終わるのを待ちさえすれば―――自由だ。どのように行動しようと、咎められる筋合いはない。
 少しの辛抱。ほんの少し我慢すれば良い。
 そう思う忍足だったのだが・・・・・・。
 
「・・・・・・・・・・・・・・」
 
 差し出された証書に手を延ばす事ができない。
 だらりと下がったままの腕は、意思に反し(いやそれこそが意思なのか)持ち上がろうとはしなかった。
 ざわざわと、ざわめきの広がる体育館。
 きつい目で非難してくる教師達。
 来賓達は、不思議そうな表情を浮かべていた。
 
 
 
「―――――あかんわ」
「き、君?」
「・・・・・・かんにん。それな、貰えへん。肝心な奴が、居らんのやもん」
「――――――」
 さっと、相手の顔色が変わる。忍足の言葉の意味が、すぐにわかったのだろう。
「あいつ居らん卒業式。――――意味あらへんわ」
「―――ま、待ちたまえっ!」
「ほな」
 
 慌てて止める声をあっさり振り切り、忍足は壇上から背を向けた。
 しんと静まり返った体育館に忍足の足音のみが響く。
 まるで花道やな、などと思いながら忍足は振向く事なく出口から外へ出た。
 
 
 忍足の退出からさほど時間を置く事なく、我を取戻した生徒達により騒然と騒がしい体育館から、一人、また一人と出て行く生徒達があった。
 教師の留める声にも耳を貸さず・・・・いや、力づくで止めようともしたのだが・・・・その頃には、引きとめる者よりも飛び出していく者の数の差が圧倒的となっており、なす術もなく見守るしかない事態となっていた。
 そうして、生徒達が一人残らず消えうせた体育館の中には、何が起こったのかいまだわらなぬ来賓達と、何故、どうしてこうなったのかよく理解してしまっている教師を含む学校関係者達が取り残される事となった。
 
 この後。忽然と姿を消した東洋航空402便の怪異についてが新聞を賑わす中で、そっと片隅に、氷帝学園中等部における全卒業生の卒業式ボイコットの小さな記事が載った。
 
 
 
 
 
[ 2006.02.04 ]
 
書散らしプロットモドキ第3段。