神はサイコロを振らない
prologue
一つボタンでもかけ違えば、事態は全くの別物となっていただろう。
例えば招かれたのが越前リョーマでなければ。
例えば手塚が付き添っていけたのならば。
例えば跡部が英国に縁故が無ければ。
例えば跡部の面倒見が良くなかったならば。
例えば卒業式を間際に控えた日程で無ければ。
例えば――
例えば――
どこかで僅かなりとも道がずれていれば選択肢は変わっていた。そして跡部とリョーマがその便に乗る事はないはずであった。
しかし彼らが搭乗したのは間違いがない。同姓同名も一人ならばと言いきれなくもないが、二人揃ってしまえばもうどうしようも無い。イギリスで開催されたテニスの大会にリョーマが招かれて、テニス部の監督である竜崎は健康上の理由により日本から離れられず、リョーマの両親は折しも第2子の出産間際という状態で、海外留学を控えた手塚が付き添うわけにもいかず、ならばと思案していた所に名乗りをあげたのが跡部であった。
即断速攻で動ける機敏さを跡部は備えており、また思い立っての英国行きにも何ら問題ない経済力があって、さらには英国は第二の故郷という背景もある為に跡部は現地の事情にも詳しい。あれよという間にリョーマの分も含めた滞在スケジュールを打ち立てて、行きと帰りの足もあっさり確保してのけた。そしてついでとばかりにリョーマの 両親の信頼までも即座に得てみせたのだ。
何しろ跡部財閥の名は絶大だ。そして手塚国光という、到底学生には見えぬ――落ち着いた――落ち着き払った少年が青春学園のテニス部部長であるという身近な例もあって、他校とはいえやはり曲者ぞろいの強豪テニス部と、外にも名高い氷帝学園の生徒会長を努めたたという実績は信頼を深めるに十二分なもので。さらには跡部家の跡継ぎという家柄上早くから大人社会と対面してきた跡部であるので如才なさも筋金入りで、爽やか丁寧品よく艶雅で高雅な物言いにすっかりリョーマの母は枠乱された。
父の南次郎に至っては言うに及ばず。豪放磊落と言えば聞こえは良いが、ようは細かい事は気にしない大ざっぱな性格で、さらには滅多にお目にかかれぬような美人にひたと見据えられれば鼻の下など伸び放題。
こうしてリョーマの付き添いとして、跡部が同行する事となったのだ。
行きの行程は問題なかった。現地のスケジュールにも滞りなく。あとは帰国の途につくだけという段階になってちょっとしたトラブルが起きた。
搭乗予定であった便がエンジントラブルの為欠航となり、丁度大学などが春休みにかかっている時期という事もあり、代替便がなかなかつかまらず、よ うやく2席並んで取れた便に二人は駆け込んだ。
東洋航空402便。
後に多くの人々の記憶に焼きつく事となる機名である。
「先に帰れば良かったのに」
シートに埋まるようにして座っていたリョーマがぽつりと呟く。
「ばーか。てめぇ放って帰れるわけないだろ。越前家に送り届けるまでが俺の責任範囲内だ」
「責任感強いんだ」
「義務感もな」
揶揄るような言葉に跡部は更に上乗せして返してみせた。生意気盛りの達者な盛りのリョーマといえど、口先三寸で200名の部員すら手の平で転がしてみせる跡部に敵うものではない。年季の面でもそうではあるが、すでに熟練の域にあるいっそ一芸とも言い切れるのではないかと思える口達者ぶりに、そうそう対抗できるようではリョーマの周囲の人間も困るだけであったであろうが。
跡部がリョーマの付き添いを買って出たのはあくまで好意からである。小生意気で挑発的なリョーマの態度を、忌々しいとは思わず気に入り可愛がって(リョーマの方はそう受け取っていないかもしれないが)いる跡部だ。単なる義務感だけで動いているなどある筈もないのに、それと知らぬリョーマは跡部の言葉にむっとしてそっぽを向いた。
感謝の気持ちも素直に口に出せない。そんな天邪鬼なリョーマの事を跡部はよく理解している。本来ならばエグゼクティブクラスどころかファーストクラスでゆったり寛いでいるであろう跡部だ。それが窮屈なエコノミークラスにリョーマと共に収まっている。
リョーマの場合はまだ小柄であるので問題ないが、スポーツ選手として鍛え上げた肉体を持つ跡部は窮屈そうだ。たとえ志願してであっても、自分の為に共に来てくれた事は確かであるので、リョーマは少なからぬ罪悪感を抱いている。自分一人でも大丈夫だと何度も訴えたのだが、先の如く跡部は一切リョーマの言に耳を貸さなかった。
たかだが2年の差。生まれた年の差はその程度である。が、生れ落ちた環境の違いが、それ以上の格差を発生させていた。
1日2日の余裕を持てば、このようにドタバタと帰ってくる必要などなかった。が、そうしなければならない事情があったのだ。日本に戻ったその足で、跡部は氷帝学園へと向かう。卒業式に出席する為だ。しかも総代として。もしもの場合には代理を頼んであるという事だが、それでは氷帝学園の生徒達が納得しないだろう。そして跡部本人もまた、そのように己の責務を放るような真似は間違ってもしたくないに違いない。
「間に合わなかったら俺が恨まれるだけだし」
「生意気言ってんじゃねーよ。大体、てめーのせいで機が飛ばなかったわけじゃねぇだろ。間に合わなければ、それは俺の見通しが甘かったって事だ。てめーのせいにするつもりはない。ついでにさせるつもりもない」
きっぱりと言い切る跡部の表情に嘘偽りはない。本心から言っているのは間違いない事だった。例え大元がリョーマにあるとしても、そこから先は自分の責任だとばかりに、言い切る口調に揺るぎはない。これだから困るんだよね・・・・と、リョーマは今までに幾たびも助けられてきた過去を思い起こしてしまう。感謝の言葉なんて口にはさせてくれない癖に、恩ばかりが増えていく。これは本当に困った事だ。
「大体、お前(青学)の所も同じく式があんだろーが。世話になった先輩達を見送りてぇだろ?」
「・・・・・・・・・・別に」
興味無い風に言い捨てるが、それは全くの強がりだった。あの全国への長い月日を共に戦い続けてきた仲間達の殆どはリョーマより年上で、しかも最高学年である三年生である為に、跡部と同じくこの春卒業となるのだ。その門出をきちんと見送りたいという気持ちが無い筈がない。けれども、今この状況でそれを口にする事などできない。しかしながら、そんな強がりすらも、跡部の目にはお見通しであるのだろうが。
だが、このまま行けばどうにか間に合いそうではあった。ギリギリの駆け込みとなるかもしれないが、跡部の事だから空港から最短時間で移動する手段を用意している事だろう。
堅苦しいだけの式でしかないだろうけれど――と思いを馳せながら、リョーマは窓の外へと視線を向けた。その目が違和感を見つけはっと見開かれる。
「―――跡部、さん」
「ん?どーした越前・・・・・・・・・・?!」
呼びかけに答えた跡部の顔が、いつもの余裕の笑みを凍りつかせる。
「お前・・・・・・その、手・・・・」
「え?」
言われて己の手を見つめたリョーマは、危うく悲鳴を上げる所であった。
手の先が光に包まれ、消えかけている。
光は少しずつ広り、リョーマの腕を浸食していく。
腕から先が消えかけている。
「――――あ・・・・・・・・」
「――越前・・・・・リョーマっ!!!」
叫ぶような声が聞こえた。
力強くも優美な手が、リョーマに向かい伸ばされてきた。
その手を掴み取ろうとして・・・・・・・・・・
縋ろうとして・・・・・・・・・・・・・・・
呑まれた。
光に呑み込まれた。
それが――――――途切れる前の最後の記憶。
[ 2006.01.26 ]
元ネタ有。タイトルそのまま。出だしは跡部&リョーマでした。
ネタ振り劇場の為、実際書き上げるかどうかは別なのですが。