追儺の儀
 
 
 
 
 
 
 未だ肌を刺すような寒さを感じる気候の中で、暦の上では春の訪れを示す頃。
 冬から春へと立ち代る立春。そして節分はその境目を示す。その節分の日には、「豆まき」という行事が行われるのが通例だった。
 
 
「この面子で揃うってのはどうかと思うぜ」
 
 悪態でこそないものの、跡部が少々うんざりした態で言い放つ。
 見回す限りの顔ぶれは見慣れたものばかり。カテゴリ的には同一の彼等であるので、年に数回顔を合わす機会がある。だがそれは偶然ではないけれど必然で、その場で顔を見なければ物足りなさをも感じるもの。自発的に会おうとして集まるわけではなく、秀でた実力故に勝ち残り顔を合わせる結果となるというものだ。
 つまる所、彼等の関係が親しい友人関係にあるとは言い切れず、むしろライバル関係であるのだから、反発こそすれ親しさからは遠い筈で、親交を暖めようとは格別思わない。
 この場に居るのは全国でもトップレベルのテニスプレイヤー達。見る者からすれば壮観という眺めであろう。いや。テニスに関わりの無い者からして見ても、尋常ではない存在感を持つ彼等を前にすれば驚嘆の溜息をも漏らすのではないだろうか。何しろ揃いも揃って各々方向性は違うながらも見栄えの良い少年達である。もしこの場に女性がいればさぞかし色めきたつ事が間違いないだろうから。
 
 立海中学より幸村・真田・柳の御三家。
 山吹中より(自称)ラッキー千石。
 不動峰より橘。
 青春学園より手塚。
 氷帝学園より跡部。
 下手なアイドルよりも余程見目麗しい集団とは言い切れるだろうが・・本人達にはそれは関係なければ興味も沸かぬ事である。
 
 
「余計な奴も紛れているようだがな」
「あ、そこでどうして俺を見るかな」
 跡部の視線を受けて、千石の口から文句が出る。けれどもその顔はやはり笑み崩れており、怒っているようには到底見えない。とはいえ、千石が無類のお人好しというわけではなく、この場に居る他の者達同様、本心をそうそう表には曝け出さないだけでもあるが。
「南はどうしたんだ?」
「よんどころない事情って奴?まぁ、それが無くても腰が引けてたみたいだけどねー」
 結果的には千石の意識を自分に向ける事となった橘の行為は、フォロー的意味があったのだろう。面倒見の良い親分肌であるので、ひと騒動に発展する前に抑えようとしたのか。が、この場合は見た目通りに千石は怒ってなどいなかったし、跡部にしても悪意を向けたわけでもなく、言うなれば取り越し苦労の類であったのだが。
「何か怯えるような要素あったっけ?ああ、跡部が凄むから?」
「あぁん?」
「いや。それはいい加減慣れているだろう。いつもの事だしな」
 険ある視線をものともしない幸村の言葉に乗るかのような手塚の台詞。淡々と単なる事実だとばかりに言い方に、跡部が鼻白む。
「―――手塚、てめーさり気無く毒含みやがるのな」
「そんなつもりは無いが」
 咽元を締め上げられた手塚は、全く表情も変えずにそう返す。何故跡部が怒っているのか全く理解できぬかのようだ。
「・・・・・・じゃれあうならば他所でやれ。たるんどる」
「ははは。真田も相変わらずだな。ん?千石は何をしているんだ?」
 叱り飛ばす真田の横で平然と幸村は実際大物としか言い様がない。その幸村が背後でごそごそやり出した千石を見咎めた。
「え?此処に来る前にコンビニ寄ったらさ、丁度コーナーできてて、つい買っちゃったんだよね」
 じゃんと千石が袋から取り出したのは、豆の入った大袋であった。付属で付いた赤い面が何の用途かすぐ知れる。
「そうか。今日は節分だったな」
「そーそー。折角だから豆撒かない?」
「いいね。昨年は色々とあったから・・・・そう色々とね・・ふふふ・・・・此処らで祓っておくのもいいかな・・」
「―――や。幸村君、何か怖いから」
 何か変なオーラを発している幸村からじりじりと千石が距離を取る。それは動物的勘のなせる技か。
「はっ。千石のヤローにも苦手な相手がいたか」
「いや別に苦手ってわけじゃなくて、ただ単に怖いだけというか」
「それを苦手と言うのではないか?」
 からかう跡部と容赦なく突き落とす手塚。二人の時間差攻撃に、さすがの千石の笑みも強張った。
「・・・・・・何気に息合ってるよね、手塚君と跡部君」
 んなわけねーだろ、そうかもしれないな、と互いに正反対の言葉をこれまた同時に発す二人に千石が思わず吹き出している頃、えらく真剣な面持ちで真田が幸村と向き合っていた。
「幸村が望むのならば、付き合おう」
「そこまで御大層に構えてくれなくても良いんだけどね」
「お前が望む事ならば、俺も含め立海の部員達は全て叶えたいと思っている」
「・・・・・・ありがたいね」
 誓いの如く固く言い切る真田相手に幸村はひるむ事もない。誰よりも幸村こそが立海の要であると、こうして見るとよくわかる。そんな二人をちろりと視界の端に収めた跡部は、あの重さは前時代的だな、と幸村に対して軽い同情を抱きながら真田をこき下ろす。
「主体性ねー奴」
「何だと?跡部、そういう貴様に日本の侘寂がわかるとも思えんが」
「はっ、この俺様を誰だと思っていやがる。てめーみたいな無骨者の方こそ風流の何たるかはわかんねーだろ」
「その通りだ。弦一郎が風流の類を理解している確率は・・・・まぁ1%にも満たないな」
「蓮二っ!それはどういう意味だっ!」
「はっ!お仲間の目は確かだぜ。柳のデータにゃ信頼置いてんだろ?きっちり認めたらどうなんだ?アーン?」
「うむ。確かにこの場合は跡部の方に分があると思う。何しろ跡部はうちのお爺様ともよく話が合う。俺にはよくわからないが、真田とは比べものにならないのではないか?」
「そりゃ、てめーの情緒が欠落しているせいだろうが。国一爺さん、時折嘆いてるぜ」
「そんな・・・・事は、ない」
 思わず反論する手塚であるが、その声はあまり強くない。自分でも自信が無いせいだろう。
「跡部は手塚のお爺さんと仲が良いんだね」
「ん?ああ、まぁ何度かお邪魔しているからな。手塚の話聞いてるより、余程面白ぇし」
「・・・・・・悪かったな」
 跡部の言葉に手塚が憮然とした表情となる。それは子供の拗ねた様にも見えて、幸村は内心手塚にこんな顔をさせるとはさすが跡部だな・・・などと考えていた。
「なるほど。跡部は年長者に好かれるようだな」
「ね―それよりさぁ、鬼の役、誰が鬼やる?」
「相変わらずマイペースだね、千石は。―――まぁいいか。鬼といったら、やっぱり真田かな」
「なっ!幸村?」
 迷う間すらなく即答してのけた幸村に真田が唖然とした顔を向ける。まさかそのような指名を受けるとは思ってもみなかったようだ。愕然とショックを受けた風の真田を見向きすらせず、幸村は顎の下に手を当てて、考え込むようにして次の案を出す。立海御三家の一人である柳は、そんな二人を見慣れた態で交互に眺め、そして慰めるかのように真田の肩をぽんと叩いていた。
「橘あたりもいいとは思うけど」
「なり手が居ないのならばやってもいいが」
 苦笑を浮かべつつも、橘は幸村の言葉に否とは言わなかった。格別嫌がらせ的意味があるわけでもないので、そんな役目もまぁよかろうとばかりの態度で大物ぶりを見せ付ける。比べてみると『皇帝』と称される真田よりも、器は大きいのかもしれない。
「真田ぁ、怖気づいてんのか?」
「そ、そんなわけがあるかっ!それより、そのお前の方こそ鬼に相応しかろう。目も青いし、そうだ。跡部。お前がやれば良い」
「駄目だよ、真田」
「何故だ?」
「俺が跡部に豆ぶつけたくないから」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 俺は良いのか・・・・?と嘆きたくなる真田弦一郎。こう見えても当年もって15歳。傷付き易い年頃の少年だったりする。
「あ、それはわかるなー。後が怖いのもあるけど、やっぱり跡部君にはぶつけられないよね」
「そうだな」
「・・・・・そうかもしれないな」
 跡部としては意外な事に、何故だか橘・手塚までもが幸村の言に同意してみせた。
「んだ?てめーら。豆撒き如きで仕返しなんかしねーよ」
「や、そういう意味じゃないんだけど」
「大体、そういう事は言いだしっぺがやりゃいいだろ。俺様の美技を味合わせてやるぜ」
「美技って、まさか豆撒き版破滅への輪舞曲?うわっ!それは御勘弁っ!!」
「たまらん豆撒きか」
「・・・・・・・・・・・真田。お前もう帰れ」
 ぼそりと真顔で言いきる真田に脱力感を覚えなかった者は居ないだろう。本人真剣極まりないだけに更に痛い。口元をひくつかせながら言い捨てる跡部の言葉には、ほぼ全員が頷きたい所であった。
 その後、売り言葉に買い言葉的に結局真田が鬼役となった。そうした場合、通常ならば仲間に対しては手心を加えたりするのかもしれないが、この場に集まったメンバーにいたってはそういう面での気遣いを望むだけ無駄というもので―――真田は半ば恐怖すら抱いていたと、この後しばらくしてこっそり仲間のジャッカルに泣き言を言ったとか何とか。
 それはさておき豆撒きの後には豆を食べるのが世の習いというものである。その数は年齢に応じており、3月生まれの幸村を除いては皆の誕生日が過ぎており、それ故食べる豆の数も15粒ずつとなるわけであるのだが――――
 
 
「おい手塚ぁ。お前それじゃ足りないんじゃねぇの?」
「あー確かに。えーと、ひぃふぅみぃ・・・・ね、手塚君、プラス10粒ぐらいで良かったかな?」
「・・・・・・・・15粒で良い」
 手塚を囲むようにして、跡部と千石が手塚の手に豆を増やそうとする。千石は確信的に。跡部はどうやら親切心から。だからといって、手塚にとってはどっちもどっちでしかない。
「真田もほら、手を出して」
「待て幸村!そんなにはいらんわっ!」
「弦一郎。幸村からの豆が食べれないというのか?それはいけないな」
「そうは言っておらんっ!」
 ざらざらと袋から豆を落とし込む幸村に真田が悲鳴を上げる。この時の柳は完全に幸村の味方で、真田をフォローするつもりはまったくないようだった。
「ははははははは」
 そんな騒ぎを眺めつつ、いやに爽やかな笑い声を立てる橘の手にはすでに豆がてんこもりとなっていた。張り付いたような笑みとも見えないあたり、本当に楽しくて笑っているかどうかはまた微妙な所である。まぁ、年齢詐称疑惑が囁かれる彼等であるので、これもまた致し方ない所であるのだろうか。
 
 何はともあれ。
 春の訪れは、すぐ傍まで来ているのであった。
 
 
 
 
[ 2006.02.04 ]
 
 遅ればせながらの時事ネタでした。