■ Happy Birthday ! Happy Christmas !
チラチラと、白い物が空から落ちてくる。
ふわりと襟元に舞い降りたそれは、見る間に水滴と化した。
吐く息が白い。頬を刺す寒気はこの冬一番のものらしい。
「ホワイトクリスマス、ってぇ奴か。忍足あたりが喜びそうなシュチエーションだよな」
まだ積もる程ではないけれど、少しずつその姿を増やしてゆく白い雪に薄く笑む。チームメイトの忍足は、趣味が映画鑑賞(それも恋愛系)という事もあり、やたらとベタな状況を好む面がある。今頃は恐らく本命かどうかは知れぬ彼女と雰囲気を盛り上げている所だろう。
すらりと均整の取れた身体を長いコートに包んだ跡部は、その姿勢の良さだけでもモデルか何かと見間違えるような華麗さがあった。ただ歩くだけでも優美なのである。実際にモデルとなるにはまだ少々背が足りぬのだけれど、175センチの長身は日本人としては充分高い。
ただそこに居るだけで、他とは違う雰囲気を放つ跡部を道行く人々はやはりついつい視線を送る。そしてその目線が肩より上―――芸能人のように小さな顔に行くにいたりはっと息を飲む。何しろそこに乗っているのは芸能人にすらそうそうお目にかかれないようなとんでもない美形であるのだ。電飾がそこかしこに飾られた華やかなクリスマス一色の彩りである街中を歩く優美な姿に、まるで映画の一シーンのような錯覚を抱く者は少なくなかった。
「ん?ありゃ・・・・」
注目の視線を物ともせずに自然態の跡部であったが、ふと見知った姿を視線の先に見つけ、歩む足を少しばかり早めた。
日本人離れした体型の跡部である。その歩みはかなり早い。フラフラと歩く小柄な人物に追いつくまで、さほどの時を必要とはしなかった。
「よぉ」
「――った!・・・・あれ?跡部・・・・さん」
抱えていた雑誌を丸め、ポンとトレードマークである帽子の上から叩くと、叩かれた当人が「何だよ!」という視線で振向いた・・・・というより見上げた。そしてそこに見知ってはいるけれど予測もしない人物の顔を見つけ驚いている。そんな風な表情を浮かべると結構あどけないもんじゃねぇかよ、と跡部は相手が2つも年下である事を再確認するのだった。
「どうしたよ。一人でふらふらと。これからデートか?」
「・・・・・・そんな相手いないし」
「はっ。寂しいもんじゃねぇ?折角のイブによ」
「それ。一人で居るアンタに言われたくないんだけど。大体俺、イブとかクリスマスとか嫌いだし」
「珍しいな。ガキってぇのはお祭りごとが好きなもんだろ?うちの部の連中なんか、クリスマスなんかのイベントだと大騒ぎしてるぜ。まぁ今年は受験の奴も居るから去年のようにはいかねぇがな。あぁ、それと俺様が一人で居るのはこういう日に誰かと過ごすと後が面倒なんでな。人気者は辛いって奴だぜ」
「別にそんな事まで聞いてないし」
自信たっぷりな跡部の言い様にリョーマの返す言葉は素っ気無い。まるで誰かさんを彷彿とさせる。
「ふーん。親と子。飼い主と飼い犬が似てくるとは聞くが、部長と部員って奴も似るのかねぇ」
「それ。どーいう意味?」
「そのままの意味だ。てめぇ、あいつとそっくりじゃねぇか」
「・・・・・・・・・・・」
あいつ、が誰を指しているかなぞ、聞くまでもない事だった。大体跡部がこだわる人物というのはそう多くは無い。その筆頭が、誰よりも青学テニス部元部長の手塚国光であるというのも、周知の事実であった。
「あんな堅物と一緒にしないで欲しいんだけど」
「堅物、ね。くく・・・・その通りだが・・・・言うじゃねぇのよ。あいつアレでいて繊細な所もあるから、それ聞いたら落ち込むぜ?」
「部長と仲良いんだ」
「もう部長じゃねぇだろ。ま、いつまでたってもそう呼ぶ奴は居るが。俺もそうだがあいつもそうって事か」
「・・・・・・・・・・・・・・」
リョーマに聞かせる為でもない言葉。それを口にした際の跡部の表情は思わず見蕩れてしまう程に柔らかく、慈愛に満ちたもので、神様なんて全く信じていないリョーマであるけれど、天使ってこんな顔なのかな、と思わせる程に何処か浮世離れした慈しみの表情。不可思議な色合いの蒼の瞳が見つめているのは雑踏ではなく、その先に氷帝テニス部のメンバーが居る事は間違いない事であって、知らず嫉妬の念を抱かせる程であった。
「・・・・・・くちっ!」
「っと。寒空の下で長話してる場合じゃねぇな。お前、薄着過ぎなんじゃねぇ?」
「・・・・・・若いから」
「ああ。子供は風の子ってぇ奴か」
「・・・・・・・・・・・・」
「そう拗ねんなよ。てめぇが言ったんだぜ?」
「別に。それよりもう行っていい?」
「ああ、用事があったのか。ふらふらしてっから暇なのかと思ったぜ」
「別に用事って程のものじゃないけど。ケーキ、買いに来ただけだから」
「クリスマスのケーキかよ。・・・・それでてめぇは何でんなに不満たらたらの顔してんだ?」
「別に不満なんてない」
「ケーキ、嫌いなのか?」
「別に嫌いじゃない。―――クリスマスケーキは、好きじゃないけど」
「ふん?」
ぼそぼそっと呟くように言うリョーマと別れるでもなく、跡部は何となくリョーマに付き従うような形でケーキ屋へと入った。
「いらっしゃいませー」
「クリスマスケーキをお求めですか?何号が良いですか?」
「やっぱり全部クリスマスなんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
店員の明るい声など聞こえないかのように、リョーマは硝子越しのケーキと、またクリスマスの為に趣向を凝らされた幾つものクリスマスケーキのサンプル品を順繰りに眺めた。その顔はやはりちっとも嬉しそうでもなければ楽しそうでもなかった。
なるほどね、と跡部はこの辺りで納得する。鈍いものなら気づきはしないだろうが、生憎と跡部は大層洞察力に長けている。それこそ『インサイト』などと命名される程にその観察眼は鋭いのだ。これまでのリョーマの言動や態度を見ていればおのずと答えは導き出されようというもの。
「お客様ー?お決まりになりましたかー?」
「・・・・・・・・・・・・・」
やはり答えずじっと立つだけのリョーマの肩を軽く押し、跡部が前に出た。いきなり目前に現れた綺麗な顔を前に店員が目を見開いて驚く。
「ちょっと聞きてぇんだが」
「あ、はい。な、何、でしょう?」
「バースデーケーキ、ねぇの?」
「え?ええ?」
「だからバースデーケーキだよ。見たところ、全部クリスマス用みたいだが」
「そ、それはっ、そのっ・・・・今日はイブですし、明日はクリスマスですし、ケーキは全部クリスマスケーキですっ!」
「ま、そりゃろうだよな」
「・・・・・・・・・・・・」
今ひとつ意味不明とも言える回答であったのだが、まぁ一応意味は通じる。基本的にケーキ屋にとってはクリスマスは戦い時だ。稼ぎ時中の稼ぎ時である。山程のクリスマスケーキは用意していても、普段はメインとしているバースデーケーキの姿は消える。まぁそういうものだ。
ちろりと視線を下に向けると、相変わらずの仏頂面でケーキを見る子供が一人。こういう面は実際ガキだよな、と思う跡部の胸に笑いがこみ上げてくる。
まぁだから―――――仏心というか・・・・ちょっとしたサービス心が沸いてきたわけである。
「おら。越前、行くぞ」
「って!何?ちょっ!俺、買物まだ済ませて、ないっ!」
「ケーキを買いに来たんだろ?バースデーケーキをよ。無いんだったら買えねぇだろ?」
「・・・・・・・・・知ってるの?」
「あぁ?お前の誕生日が今日って事か?知らなかったぜ。今さっきまではな」
「どうして?」
「わかったかって?お前の態度を見てりゃわかんだろうよ。ま、手塚あたりなら気づかねぇだろうが、俺様は目がいいからな」
「・・・・・・・・ふーん。でも勝手に連れ出す事ないじゃん。別の店行かなきゃ」
「何処も同じだろうぜ。今日は聖夜だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「だから、俺様がお前の為にケーキを作ってやろう。ま、材料が材料だからパンケーキぐらいだがな」
「え?何言ってんの?そもそもアンタ料理できるの?こんな日にお腹壊したくないんだけど」
「俺様は何でもできんだよ。この後手塚ん家でクリスマスケーキを作るつもりだったんだが、その前にてめぇのバースデーケーキを作ってやるよ。俺様特製バースデーパンケーキだぜ。泣いて感謝しな」
「だから何を勝手に!ちょっ!ひっぱんないでよっ!大体部長の家に勝手に押しかけるわけにはっ!」
「行く前に電話一本入れりゃ問題ねぇよ。彩菜さんはそういう面大らかだから、突然行っても歓迎してくれっがな。手塚の奴が煩ぇし、一応かけといた方が無難だな」
「だから勝手に決め―――っ!」
―――――と、暴れて抵抗を示すリョーマであったが、体格差というものは如何ともし難く。ずるずると引きずられるままにリョーマは手塚の家へと連れていかれるのだった。
そうして食べさせられた跡部特製パンケーキバースデー仕立ての味はといえば・・・・思わずリョーマが「お嫁さんに欲しいかも・・」と呟いてしまう程に美味ではあったとか何とか。
聖夜に生まれたという事で不自由や不愉快な念を抱いてきた事の多いリョーマであるが、こんな偶然があるなら良いかも・・・・と思えた、聖なる夜のちょっとした1シーン。
街中ではジングルベルの音楽がそこかしこで流れている。
そして手塚家の一角では、ハッピバースデーの曲が奏でられているのであった。
2005.12.24
(c)ミントBlue
ありがちな話かもしれませんが・・・・。リョーマ。Happy Birthday!!