春など来なければ良い
1年目。
あの人はすでに部長で氷帝学園の顔、いや学園そのものといって良い程だった。
2年目。
あの人は引退して部内にはいない。けれども氷帝学園といえばやはりあの人だった。
3年目。
あの人はいない。ここから居なくなる。
「ばぁか、校舎が変わるだけだろ」
まだ半年は先の事であるのに、三年生の卒業を脳裏に想定した下級生達はこの世の終わりとばかりの表情となった。
「かわええもんやな。こないに慕って貰えると」
「馬鹿ゆーしっ!ゆーしの事じゃねーって」
「そらないやろ?俺の事かて焦がれて慕っとる奴居るはずやんか」
「いねーよっ!」
「がっくんひどいわー」
即座に切り捨てる元相棒によよと崩れる様はかつての氷帝ダブルスナンバー1そのままだ。彼らが高等部で再びペアを組むのかどうかは誰も知らない。いや跡部だけは知っているだろう。当人の口から聞いたのでなくともそのお得意のインサイトでもって、決意も葛藤も見切っているに違いない。
「宍戸さんっ!俺は寂しいですっ!」
「ばーか激ダサな事抜かしてんじゃねーよ。中等部高等部っても地続きじゃねーか」
「それでも寂しいですー」
「あはは。鳳は相変わらずだね。樺地も寂しい?」
「ウス」
「ずっと跡部べったりだったもんねー」
「滝先輩が居なくなるのも寂しい、です」
「あはは。ありがと」
「・・・・・・・・」
仲間達が久々に顔をだした先輩達を囲んで騒ぐ様を、日吉は離れて見ていた。
部長である自分はあの輪の中に入るわけにはいかないし、その気もない。あんな風に甘える相手などいない。ただあいつらがあんな風に、近頃はようやく部内で最上級生の自覚がでてきたというのに、すっかり年返りして甘えた盛りの一年坊のように振る舞う気持ちもわからなくはないから、あと少しだけは見過ごそうと思っていた。
あと少し。そう5分だけ。それを過ぎたら部長の威厳を込めて怒鳴りつける予定だ。
そうして、そんなつもりはなかったというのに、あの人の、跡部部長の行動をなぞっている事に気付く。あの人もまた、騒がしい先輩逹を怒鳴り散らしていた。それは恐ろしい顔(なまじ造作が綺麗なだけに迫力が増す)で盛大な雷を落とし、時に罰を与えた。それでもあの人の周囲から人が絶える事はなく、あの人はいつも輪の中心だった。
どれほど邪険に振る舞ってもそれで堪えるような先輩逹ではなかったから?いや違う。あの人の事が好きだから。理由なんてそれで十分でそれ以外にある筈もなかった。
口にも態度にもださなかったけれど自分だって結局はそうなのだ。
すっかり口癖となった『下克上』という言葉。思い定めた背中はあの人のものだけ。あの極限状態の中で行われた最後の試合の中ですら、けして崩れる事のなかった強い背中。焦がれた背中。
「あ、てめっジローずりぃぞっ!何かってぇと跡部盾にしやがって!」
「いーだ。あとべー!岳人が苛めるC〜」
「くそくそジローっ!跡部だって見りゃわかるよな!今のはジローが悪いだろ?!」
「うるせぇな。ぐだぐだ騒いでんじゃねぇよ。おらジロー離れろ。邪魔だ」
「へへへーなぁなぁゲームしようぜっ!」
「ったく仕方ねぇ奴だな」
引き剥がそうとしても更に腰にしがみつくジローを諦めて跡部はくしゃくしゃとその柔らかそうなジローの頭を撫でてやっていた。
「甘いぜっ!んで跡部はそうジローに甘いんだよっ!」
「今更やんか」
「だな。羨ましがってるみてーで激ダサだぜ」
「うるせーっ羨ましがってんのは宍戸の方だろっ!」
「なっ!んなわけねーだろ!」
「し、宍戸さんその顔じゃ説得力ないです」
「ああ?!」
「すっ、すみませんー」
「あははーやるねー。でも宍戸もいくら照れくさいからって鳳を威しちゃ駄目でしょ」
「照れてねーっ!!」
「・・・・・・・・」
本当にに騒がしい人達だった。これでは威厳が保てない。文句をつけにいこうかとした先で下級生達が彼らを眩し気に見つめているのが視界に入る。
ああ、確かに眩しい。眩しくて、遠い。夢のような人達だ。
それから先も月日はゆっくりと流れていった。
先輩達はほんのときどき顔をだし、ちょっとした指導をしていってくれる。迷惑だとは思わなかった。彼らの実力はやはり自分達より数段上であるし、先輩達の指導を受けた部員達の実力が向上しているのは確かな事実だったからだ。
そんな中、あの人だけは全く姿を見せない。薄情な、と思ってしまう。その多大すぎる影響を考えて控えてくれているのかもしれないが、どうせ春にはいなくなってしまう。ならば今のうちにその強烈過ぎる毒をまき散らして欲しいと思ってしまう。
いい加減煮詰まっていたのかもしれない。あの人の姿をみかけなくなってから一ヶ月は過ぎようとしていた。よくよく考えてみればこれはおかしい。あれだけ悪目立ちするあの人の姿を、校内のどこでもみかけないという事は。
思い立ったら気になって仕方がなく、一番正しい答えるを授けてくれそうな監督のもとへと向かった。答えといえば簡単なもので、海外の姉妹校へ交流の為に出ているのだという。初の試みであるのでどのような事態もうまく解決できるであろう跡部に白羽が立ったらしい。部も引退し、生徒会も引き継いで間ができたあの人に学校が目をつけたという事か。
その二つを省いてもあの人が多忙を極めている事に変わりはないだろうに。それでもあの人は何という事もない顔でこなしているのだろう。他の誰より有能に。そして時に茶めっ気すら交えて。
「来週には戻ってくる」と聞き、ほっとした。
「・・・・・・跡部さんは、高等部にいかれますか?」
「当たり前だろう」
「そうですか」
「行ってよし」
「はい」
折り目正しく礼をして音楽室を後にした。僅かに抱いていた焦燥も払拭され、その身は軽い。
12月に入り、臨時で生徒総会が開かれた。議長を努めるのは現生徒会長であるけれどやはり場の中心はあの人で。ひさびさに見るせいなのか、あの人の覇気が増したのか、視線ひとつ逸らせない。それは他の生徒も同じようで耳触りの良い甘いテノールの声で繰り出す報告を皆が陶然と聞き惚れていた。傍らからみれば何かの怪しい集会に見えたかもしれない。
「お疲れ様でした」
「日吉か。別に大したこっちゃねぇよ。立ち上げってのは手間暇かかるがやり甲斐あんのも確かだからな。まあこの時期でよかったぜ。現役役員の頃じゃさすがに人任せになっただろうからな」
「それが狙いなんじゃないですか」
「ああん?」
「この学園はあなたを働かせ過ぎです」
「ふっ。何てことねぇな。この程度わけねぇよ。だがまあ気使ってくれてありがとよ」
「別に一般論を述べただけです」
「一般論ね。そういや日吉、てめぇ俺様の不在に一か月近く気付かなかったらしいじゃねぇか」
「・・・・・・監督も口が軽いですね」
「くく。薄情な奴だな。あぁ?」
「いろいろと手一杯なんですよ。貴方のように生徒会と兼任なんて到底無理ですし成績も下がりました」
「赤点取んなよ?」
「その点はぬかりありません」
「なら良い。成績なんざ平均取ってりゃ十分だ」
「―――」
万年首席のあなたがいう事ですか、と口にしそうになったが止めておいた。拗ねているようにしか聞こえないからだ。
「ちょうどよい。お前を探していた」
「俺をですか?」
「ああ、今日誕生日だろ?おらプレゼントだ」
「ありがとうございます。これは土産といいませんか?」
礼を言いつつも、跡部の持つ袋から覗く他の包みと同様の代物に、そうも言いたくもなるものだ。跡部という人はそういう点において特別扱いをしない。誕生日のプレゼントも、仲間内での土産の品も同レベルという事か。
「てめぇは誕生日。奴等にはただの土産。意味が違うだろ?」
「詭弁ですね」
「ようは気の持ちようって奴よ」
「意味が違うと思いますが」
あっさり返される言葉に、この人に口で勝とうなどそもそも無謀であると思い知らされる。ただの土産であっても跡部から貰えるとは思っていなかった。だからとても嬉しい。けれども、それを素直に態度に表せるような日吉ではない。
「一応誕生日なのですから、少しは特別にして頂きたいですね」
「珍しい事言うじゃねぇのよ。で?何か欲しいものがあるのか?希望を聞いてやれるとは限らねぇけどな」
「・・・・・・・叶えられると思いますよ。ちょっと後ろを向いて頂けますか?」
「後ろ、ね」
特に警戒もなく、背を見せる。確かに背後から襲いかかるようなつもりはないけれど。
真っ直ぐにぴんと伸びた綺麗な背。
ずっと見続けてきた、いまなお前にあり続ける力強い背中。
そっと、距離を詰める。
ぎゅうと力一杯、腰元にしがみ付いた。
「日吉・・・・?」
「これで、いいです」
「はぁ?!」
跡部が振向く前にぱっと離れる。腕の中にはしっかりとした感触が残っている。
あの人達のようにはできないけれど。今の自分にはこれが精一杯。
精一杯の甘え方だった。
「・・・・・・・・俺様に会えなくて寂しかったのか?」
「多分、そういう事なのだと思います」
「ふん。いやに素直じゃねぇか」
「誕生日特典だと思って下さい」
「そりゃ、てめーが言う事じゃねぇだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
くくと屈託ない笑みで笑う顔が眩しい。春など来なければ良いのに・・・・そう思えて仕方がなかった。
日吉にHAPPY BIRTHDAY!!