君は奇跡の花
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 父の趣味は園芸だった。
 純和風の庭園の片隅に、そこだけ異風を放つ温室が父の憩の場だ。
 幼い頃からそこに入り浸り、甘い香りに包まれて眠った。小さな蕾が少しずつ膨らみ、やがて花開いていく様は、わくわくした。
 温室の中は育種もの薔薇が育てられていた。父は自ら品種改良も行っている。
 父の望む花の開花はいまだ実現していない。
 目の醒めるような青薔薇が、父が生涯をかけて咲かせようとしている花だった。
 
 在る日、青薔薇の育成に成功したというニュースが流れた。
 自分が生み出したかった花を先越されて落胆するかと気に病んだが、父は全く動じる事はなく、確かに落胆はしていたものの、それは滝が考えていたのとは別の意味での落胆だった。映像で見た青薔薇を見、「―――違うな」とただ一言だけ洩らし、それ以降は興味を失ったように温室の方へと行ってしまった。
 何が違うのだろうか。その青薔薇を見て、しばらく考えた。自然界には存在しない青の薔薇。人工的に作り出す事は可能であるという。青の色素で染めれば良いからだ。だが、研究者達が求めているのはそんな見掛けだけの問題ではない。そして父が求めているのもまた、混ざり物ではない青薔薇だ。
 改良が不味いのかといえば、そういうわけではない。それでは父のやっている事も否定してしまう。ただ色を混ぜるのではなく、生まれてくる青を見たいのだ。しかしそれならば、何故この新種の薔薇では駄目なのだろうかと、もう一度じっくりと見た。そして、納得する。映像であるからそのものではないけれど・・・・追い求めた『蒼』ではないのだ。求め、焦がれた『蒼』ではないのだ。父の求める色が、何となくわかったような気がする。滝にとってその色は、ごく身近に触れ合う位置に存在するからだ。
 
「―――うん、こんなの、なかなか作りだせるものじゃないよねー」
「・・・・・・・・んだよ」
 跡部の顔が不快気に歪む。顔を覗きこまれ、しげしげと見つめられた後にそんな事を言われれば、跡部でなくとも大抵は不機嫌にもなるだろう。もっとも、跡部程整った顔立ちとなると、そんな表情すら見惚れる程に端麗であるのだけれど。
「あぁごめん。気にしないで読み進めて」
「・・・・・・・・そう言われて集中できると思ってんのか?」
「何だ。跡部って結構集中力に欠けてる?」
「――――萩之介」
 ぱたんと読みかけの本を閉じ、溜息混じりに見返してくる跡部に滝はごめんごめんと柔らかな表情で謝罪を入れた。これと同じ事を忍足あたりがやれば、問答無用で殴り飛ばされているであろうが、滝相手ともなれば跡部は軽く眉を上げる程度だ。ジローあたりも似たような扱いで、「贔屓だ!」と、忍足や宍戸が常々訴えてはいるが、そこらあたりは人徳というより、日頃の言動や行動が物を言うのだろう。
「跡部の伏せた目とか好きなんだよねー。コートで自信に満ち溢れて輝いてる時もいいけど、こうして静かにしている時の落ち着いた色合いもいいねー」
「お前、なぁ・・・・・・」
「今日ぐらいは大目にみてよ。誕生日なんだし」
「ったく。誕生日なら何をしてもいいと思ってやがるな、てめーらは」
「跡部に対して我侭言えるのなんて、こういう機会でもないとねー。だけど皆も色々言ってきたんだ。やるねー」
「こっちは迷惑極まりねぇがな。で、萩之介、てめーは何が欲しいんだ?」
「くれるの?」
 跡部の言葉が滝に対してのプレゼントを指している事は明らかだった。ここ数年は、そういったやりとりをしていなかっただけに少し意外にも思う。最も、跡部に対しては毎年欠かさずプレゼントを渡していたが。それは一杯の茶であったり、一粒の飴であったり、ごくごくさりげない形でだったけれど。
「―――ああ、有志でだがな。っても、いつもの面子ほぼ全員だがよ」
「あはは。皆、ありがたいなー。そうだね、薔薇の花が欲しいかな」
「薔薇?飽きる程見てんじゃねぇのか?」
「これが飽きないんだよねー。あ、でも部屋いっぱいを薔薇で埋め尽くすとかは勘弁してよね。薔薇風呂とかもいらないから」
「んだよ、そのベタな恋愛映画は」
「だよねー。忍足あたりが好きそうじゃない?それに跡部ならやりかねないし」
「・・・・・・・やらねぇよ」
 くすくす笑う滝に、跡部は心底嫌そうな顔を向けた。
 
 
 仲間達に掴まり、放課後はマックへと連行された。がいがいわやわやと騒がしい店内で、滝を祝うというよりは単に騒ぎたかっただけじゃないのかな?と思えもしたが、楽しくなかったわけではない。その後、ゲーセンで軽く遊んで、家に帰ったのはすでにとっぷりと日も暮れた頃合となっていた。
「――遅くなりました」
「今日は貴方の誕生日でしたから、学友の方々と積もる話もあったのでしょう。お客様が来られていますよ」
「お客、ですか?誰が・・・・」
 急いで客間の方へ行こうとした滝を、母が差し止める。
「いいえ。あちらでお待ちですよ」
「・・・・・温室?」
 不思議に思いながらももう一度靴を履き、温室の方へと行く。母の反応からして、望ましからぬ人物ではないようだとあたりをつけながら。
「すみません、遅くなりまして・・・・・・」
「よぉ。遅かったな」
「――――跡部?」
 そこに立っていたのは、昼間別れたばかりの跡部の姿だった。
 用事があるから、と途中で帰った跡部に仲間達は「付き合いわりーぞーっ!」と軽い野次を飛ばしていたが、何の事はないそれは滝をひっかける為だったというわけか。跡部の手の中には、大輪の純白の薔薇が抱えられていたのだから。
「おらよ。お望みの品だ」
「―――ありがと。でも何で温室?」
「俺にもわからねぇ。てめーの親父さんが、ここで待ってろだと」
「父が?」
 何故だろう?と、父の不可思議な言動を考える。父や母が滝の交友関係に口を出す事は稀だ。しかしそれであっても跡部は外面だけは完璧に良い。父や母の前では完璧な優等生――いや、生徒会長モードで対した筈だ。その生まれや育ちからいっても、歓迎こそすれ邪険にする事はない筈。しかも跡部をここに案内したのが母ではなく父だという事も謎だった。
 跡部は興味深そうに温室の中を眺めている。どうやら暇を持て余すという事はなかったようだ。跡部の家にも専任の庭師が居て、それは見事な花を咲かせているらしいが、これ程までに薔薇を追及しているとなると、また赴きが違うのだろう。
 ふわりと、芳しい香りが鼻腔に触れる。跡部の抱えた白薔薇から流れる出る柔らかな芳香だ。しかし不思議と、それは跡部の放つ香りのようにも思えた。
 純白の薔薇の中で一際輝く―――蒼の薔薇。
 ああ、なるほど。
 ようやく納得する。
 これは父の計らいで、父からのプレゼントであったのだ。
 今年も、蒼薔薇を咲かせる事はできなかった。
 ねぇ跡部、父から俺へのプレゼントは跡部みたいなんだけど・・・・どう思う?
 そう尋ねてみたら、どういう反応をするだろうかと、考えれば楽しくて仕方がない。
 輝ける蒼薔薇は、枯れる事を知らず、鮮やかに咲き綻ぶ。
 仲間達が滝に贈ったのが色とりどりの薔薇ではなく、ただ純白の薔薇だけを選んだ理由もわかるような気がする。
 何も染まらぬ純白を圧する、圧倒的な存在感の、奇跡の蒼。
 こんな存在、生み出すなんて無理じゃないかな?などと、少しばかり父親を気の毒に思った。
 
 
 
 
 
 
2006.10.29  (背景画像 material field 様)
 
 


 
滝、HAPPY BIRTHDAY!