ひだまり
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そよそよと頬に触れる風。
 鼻腔を擽る甘い草と土の香り。
 どの季節も好きだけど、一番好きなのはやっぱりこの春の、暖かな気候が大好きだった。
 柔らかな草の上に寝頃がり、くすくすと笑いたくなるような気分で睡魔に身を浸す。
 遠くに聞こえる仲間達の張り上げる声と、そこに時折混じるボールの弾ける音が、この上ない子守唄のようにも聞こえる。
 うとうとと、半分だけ眠りの世界に浸り込みながら、もう半分は妙にはっきりと覚醒していた。
 草を踏み分け近づいてくる足音を感知する。慣れた気配は自分に決して危害を加えたりしないもの。厳しく皺が寄せられた目元でこちらを睨みつける事はあっても、じっと伺うように見つめれば、大抵根負けしたかのように表情を緩めてくれる。
 びりびりと、雷轟の如くコート内に落とされる怒号は内腑を抉る程のもの。けれども、時に放つ、こちらが泣きたくなるような優しく甘い声もやはり、放たれるのは同じ跡部の口からだ。
 
 ぐしゃぐしゃと、少し乱暴な手つきでかき回すように頭を撫でる跡部の手が好きだった。
 机に向かって作業している横で、もたれかかるようにして眠っても決して振り払う事はなく、肌から伝わる暖かな温もりが好きだった。
 お休みの前の日などは、跡部の家に押しかけて泊り込んだりする。「いつも寝てばっかりの癖に、こういう時だけ早いのな・・」と苦笑混じりに言われるように、二人で寝ても充分な広さのある跡部のベッドで先に目覚めるのは大抵自分の方で、それは傍らで全ての重荷を下ろしたように穏やかに眠る跡部の表情を見るのがすごく好きだから、なのだけれど。
 
「・・・・・・・・・・・・」
 
 じっとこちらを見下ろしてくる視線を感じる。
 時には乱暴に、蹴りを入れたり(ほんの軽めではあるけれど)、または問答無用で担ぎ上げたりなどもするけれど、今日は何故だか悩んでいるみたいだった。
 いつもはこうして迎えに来るのは、跡部の命を受けた樺地だ。ほんの時々それは忍足だったり、宍戸だったり、岳人だったりと、跡部が部長になってからは自ら起こしに来てくれる事は数える程となっていた。それを寂しいと思う気持ちはあるけれど、跡部にかかる責任の重さはよくわかっているので我侭は言えない。
 さらりと額にかかる髪を掻きあげてくれる跡部の手は好きだけど。
 耳によく馴染む、深く低いのにどこか甘い、「――起きろ」と囁く跡部の声は好きだけど。
 もっと幼い時には、一緒に並んでお昼寝したのにな、などと思い出しながら、ゆっくりと目を開く。ぼんやりとした視界に映るのは、きらきらとおひさまの光を受けて、おひさまより輝いている跡部の姿。
 
 
「おはよ」
「・・・・・・・・いつまでも寝てんじゃねーよ」
「だって、眠いC〜」
「お前はいつもだろうが」
 呆れたように溜息をつきながら、どかりと横に腰を降ろした跡部はいつもと違い、ジローを練習へと引きたてようとはしなかった。珍しいの、と思いながら、こうして二人でゆっくり過ごせる時間はとても嬉しい。
「練習、行かなくていいの〜?」
「行きたいんだったら早く起きろ」
「ん〜」
「・・・・・・・・・・・・・」
 ぼそりと放たれた跡部の言葉に反論も肯定もせず、じりじりと寝転がったまま体を寄せる。ぽんぽんと、立てられた膝を叩くと、跡部はしばらく沈黙した後に仕方なさそうに膝を伸ばした。
 勿論それを了承と取り、ジローは跡部の張りのある筋肉が感じられて気持ち良い、太股のあたりに頭を乗せ、枕にさせて貰った。足を伸ばした場合も膝枕って言うのかなー?などと疑問に思いながら。
 今日の跡部は甘やかしだった。いつも跡部はジローに甘すぎると、仲間達に言われたりするけれど、そういう時は「羨まC〜?」と、満面の笑みを浮かべて返すのが常だ。大抵、言った相手が怒りだすのだけれど。
 いつも忙しい跡部なのに、テニスをやるのが誰より好きな跡部なのにどうしたのかな・・・・?と、ちろっと寝転がったままで見上げると、しょーがねぇな、とばかりな跡部の顔があって、全然怒っていない。あ、そーかと思い出す。
 今日はジローの誕生日で。だから、跡部がジローを起こしに来たんだと。
 
「跡部ーっ」
「ア?」
「これって誕生日プレゼント?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そりゃ安上がりだな」
 
 くすくす笑いながら尋ねると、僅かな間をもって跡部からは肯定とも否定とも取れない答え。跡部には勿論そんなつもりはなかったのだろう。ただ、誕生日だから、特別に起こしに来た――というのはあるだろうが。
 だけど、いつも忙しい跡部の時間をこうして独り占めできるのならば、それは充分にプレゼントなのだけれど。
 
「ねーねー跡部」
「んだよ」
「跡部も、・・・・・・寝よっ!」
「―――わっ!!」
 
 ぐいと腕を引っぱり、跡部の体を引き倒す。そのまま腕をがっちり抱え込むようにすると、倒れる際に軽く頭をぶつけたのか「――てぇ・・」と呻く跡部の声が聞こえた。
 それでも、今日の跡部は怒らない。そして、ジローのお願い通り、一緒に寝てくれるのだろう。
 
 
 
 
 空は青く澄み渡っている。
 傍らには跡部が居る。
 少しお休みしたら、跡部と一緒に、跡部の大好きなテニスをやろう。
 再びこみあげてきた眠気に、逆らわずに身を任せる。跡部も目を閉じ、軽い眠りに入ったのが気配でわかる。
 
 穏やかに流れる緩やかな時間の中で。
 もう一人、やっぱりとても馴染んだ人の気配を感じたけれど。近づいてくる事なく去っていったのがわかった。
 
 
 少しだけ。
 少しだけ、独り占め。
 
 
 だって誕生日、だからね〜。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2006.05.06  (背景画像 flesk 様)