※ バトロワパロの為人死に話が絡みますので御注意下さい
二日目は雨だった。
視界を覆う雨の礫は身を隠す者にとっては一つの隠れ蓑となる。だが反面、誰が近づいてくるか察知できないというマイナス面もあった。
参加者の中には武道を嗜む者も居る。また勘の良い者も多い。雨の中を出歩く事で雨音と足跡による痕跡が自らの位置を暴露してしまうと気づかぬ者は居ないだろう。ただの一般の参加者ならばいざしらず、今回このゲームに参加させられたメンバーは皆秀でた力を有している。そして鍛え上げている。部長という立場において部を取りまとめてきた者も数名。そして何よりもの問題は、今回が初の参加者達ばかりでなく、予選勝ちしてきた参加者が少なからず居るという事だろう。
彼等は油断がどのような結果をもたらすのか身を持って知っている。それはこのゲームにおいては有利な点として働く筈だった。
雨の中で身動きするのは危険である。だが、何もせずにじっと閉じこもっているのが安全かといえばそうでもない。そしてもし自分の居る場が「危険区域」として認定されたら、どちらにしても動かなければならないのだ。
天から降り注ぐ水。恵みの雨。乾きに堪えている者にとってはそうだろう。文明圏においては、雨水によって喉を潤す事などそうそうない。だが、今自分達に与えられているのは、最初に配布された備品のみであり、水と食料は充分な量とは言えなかった。
空の器を満たした者は命が繋がったと喜んでいるだろうか。それとも地獄が長引くと嘆いているだろうか。どちらにしても、かつてはネット越しに戦った事もある彼等は、跡部同様この雨に打たれ体のみならず魂すら冷やされているのだろうか。
朧気な視界の向こうに人の立つ影が見えた。
「・・・・・・・・・・」
警戒心を抱かぬわけではないけれど、雨に打たれるままに立ち尽くす影に用心しながらも近づく決意を決めた。
例えばその相手が誰かとコンビを組んでおり、囮の役を受け、跡部のように近づくものを背後から排除しようとしている可能性もある。不二周助という存在が、油断ならぬ相手であったのは確かだ。
また、ただの一人きりの相手だとしても跡部の姿を見た途端豹変して襲いかかってくるかもしれない。
また、見た通りのままに、呆然として立ち尽くしているだけなのかもしれない。
相手が気づくよりも前にそれが誰であるか見際また跡部は、懐に納めた小銃をしまいこんだまま、武器を表に出さずに近づく事にした。
「不二」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・跡、部?」
静かな呼びかけに、夢から覚めたかのようにゆるりと線の細い影が振り向いた。
いつも柔和な笑みを浮かべていた顔からは表情が消え、雨を吸い込んだ髪が額と頬とに張り付いている。間近に見れば一体いつからこうしていたのかと不安を抱く程に水気を吸い尽くしている。まるで湖にでも嵌ったかのようだ。
「よぉ。御無沙汰」
「・・・・・やぁ。そうだね。久しぶり、かな」
「そっち行っていいか?」
両手を挙げて武器の無い事、敵意の無い事を示す。かつての不二ならば油断なく跡部の全身をねめつけたであろうに、いまこの時には何が起きているのか未だ把握していないような呆けた様でただ立ちつくしている。
「風邪引くぜ?」
「風邪。ああ。風邪、ね。そうか。寒いや・・・・」
「おい?」
跡部の言葉にふわと笑ったかと思うと、不二の体がぐらりと揺れた。そのまま倒れこむ寸前、走りよった跡部の腕が支えるのを間に合わせた。
まず雨を避けれる所へと、跡部は意識を喪った不二の体を背負い移動した。水気を含んだ己の衣服と、意識を喪った不二の重みが跡部の肩にずしりとかかる。
ゆるい足元の土は重みを受けてくぼみをつくるが降りしきる雨にその痕跡も見る間に消えていく。跡部は無言で歩を進めるのだった。
幸いにしてそれほど彷徨う必要はなかった。少し前に見かけた洞穴の存在を覚えていたからだ。多人数で入るには小さな穴だが二人ならば辛うじてという所である。跡部は不二の体を奥へと押し込むと中途で拾った、なるべく濡れていない木の枝を重ねあげた。
火を起こせば暖を取れる。今のこの状況を考えるにそれは危険でもあるが、叩き付ける雨がうまく存在を隠してくれそうだった。跡部は元々の荷物の中に忍ばせていたライターを使い火を起こす。ぱちぱちと爆ぜる音を確認し、転がしたままの不二の方に注意を戻した。
防水バッグの中にまだ使用していないタオルがあったので、意識を喪った不二の濡れた顔を拭い、重くなった髪から水を吸い取る。ぐっしょりと湿り気を帯びたタオルを絞り水気を切った後、濡れそぼった全身を軽く拭っていく。
「・・・・・・・・・・ん」
「気ぃ、ついたかよ」
「・・・・・・・・・・ここは?跡部、君が運んでくれたの?」
「まったく重いったらなかったぜ。箸より重いものを持った事のねぇ俺様に何つーもん運ばせるんだよ」
跡部が茶化した風に文句を口にすると、不二の口元がふっと笑みを象る。けれども相変わらず瞳は冷えたままであったけれど―――
「―――よく、言う」
「んだよ」
「君、うちの桃城ぐらい軽く片手で担げる馬鹿力だって言うじゃないか。大体、君のラケットは箸より軽いの?」
「はっ!そんだけ軽口が叩けるようなら問題ねぇな。おら。こっちきて体を温めろ。風邪どころか肺炎になるぜ」
「まさか君に気遣われる日が来るとはね」
「その内回収するから今の内は俺様の有料親切を受けておけ」
「有料、ね。それなら甘えておこうかな。だけど・・火、大丈夫?」
「まぁ賭けだ。大体乾いたら、消すぜ。撒き餌になりかねねぇ」
「うん。寄ってくるのが‥‥‥‥達だったら、いいのに」
ぽつりと呟く不二の言葉は知らずもれた本音だったのだろう。冷えた手を翳しながら、視線は炎に向いている筈なのに何処も見ていない。
「‥‥・・・・・・・・手塚と越前になら会ったぜ」
「――――え?」
「昨日の夜は一緒だった」
「・・・・・・・・・・・・跡部――――君・・・・・・?」
「勘違いすんなよ。戦りあっちゃいねぇ。今は別行動取ってるだけだ。少ししたら合流する。てめぇも来るか?」
「君と?」
「不満かよ」
「いや。何というか、思いもよらないめぐりあわせだな、と思って」
「まぁな。だが有だろ。この状況ではな」
「・・・・・・・・・」
にっと笑う跡部の顔から不二はふいと顔を逸らした。視線が逃げている。「勿論」と即答するとは、跡部も思ってはいなかったが。不二がどうというわけではなく―――プログラムはすでに二日目であるという事だ。
「・・・・・・・眩しいね」
「あぁ?」
「・・・・‥君の髪、輝いている」
「単なる反射だろ」
「・・・・・・コートの中の君もいつも輝いていた。きらきら光っていた。変わらないんだね、君は」
「・・・・・・・・・・・・」
「―――――どうして?」
「変わりようがねぇからな。俺は俺。跡部景吾だ。てめぇはてめぇ。不二周助だろう?」
「そんな風に言い切れる強さは僕には・・・・・・・・ないのかもしれない」
「随分弱気だな。青学の天才さんよ?」
「そんな呼び名、何の役にも立たない。立たなかった。ねぇ跡部。――ルドルフの参加者は何名だった?」
「一人」
「・・・・・・・・そう。そうだよね」
「慰めが欲しいんだったら、俺に言うのは筋違いだぜ。一人の参加者しか居ないって事は、ルドルフの生き残りは一名だったってぇ事だ」
「僕達青学以外の参加者達は、そういう事、なんだよね」
「ああ」
「―――そう」
くっと唇を噛み締め、顔を上げた不二の表情には、悲しみも苦しみも怒りも憤りも無い。
ただ一瞬だけ、頬を濡らした雫が見えた、ような。
「・・・・・・・・・」
跡部はそれを拭いそこねた雨の名残りと判断した。
[ 2005.11.27 ]