※ バトロワパロの為人死に話が絡みますので御注意下さい
カタリと音の鳴る方向へと視線を向ける。警戒によってではない。深く見知った気配は例え何が起ころうとも、自分にとって絶対のもの。
恐らくは、その厳つい外見には似合わず繊細で穏やかな後輩にとっても同じ事であろう。
跡部が振り向いた所、丁度視線があってしまった樺地は一瞬大きな体を縮こめるような素振りを見せた。休息の邪魔をしてしまったとでも思っているらしい。
常々言われ続けてきた事であるが、樺地は跡部の従者の如く付き従い、振舞っている。【女王様と下僕】のようだ、等と評した奴には鉄槌を下してやったが。
鼻腔を擽る柔らかな匂いに胃が収縮した。思い返してみれば‥‥
――始まりのあの時より、何も食していなかった。
バスの中で齧ったあの忌々しいクッキーモドキが、最後に口にした食物だ。
それが、最後の晩餐ならぬ、最期の飲食となった者も居るのだろうか。
育ち盛りの年代であるが、このような異常な状況にあたれば喉の渇きも空腹も忘れてしまう事もあるだろう。何より、ほんの少し前まで共に学び、共に競いあってきた仲間達と戦わなければならないという状態で、正常な生理活動が萎縮もするだろう。支給された食物は、お世辞にも食欲をそそる品ではない。
ただゲームを進める為だけの餌である。
それでも、人というものは生きる事に貪欲なのか。跡部は自分が空腹である事に気づかされる。それは、この場に出てくる筈などない、『まともな食事』である故なのか。それとも、跡部の精神が歪みを受け入れてしまったのか。
「―――あり合せですが‥もし、食べれるようでしたら・・・・」
すっと差し出されたのは、ほかほかと温かそうな湯気を立てる小さな土鍋だった。先程食欲を刺激した匂いがすぐ間近に迫る。土鍋の中は炊きたての米が柔らかく煮込まれ、何らかの野菜が彩りよろしく散らされている。トロトロに柔らかな卵がふんわりと溶け合っていた。
「これ、どーした?」
「・・・・裏に畑がありまして、自生、してました。人の手が絶えて、それほどは、立っていないようです」
「このイカレタ祭りの為に強制退去させられたってぇ事か」
「卵は・・・・鶏から。腹、減らしているようなので、餌、上げておきました」
「そいつらもタイムアップまでは生き残り遊戯のお仲間だな」
「ウス」
心優しい樺地は、鶏が飢えて死ぬのを見過ごせなかったのだろう。卵を分けては貰ったが、それとこれとは話は別である。必要以上の死を求めない。それはまっとうな心根の持ち主であるという事だ。恐らくは、いや確実に、その鶏達は最後の勝利者の列に並ぶ事はない。参加者全員の死という結論に至ろうが、生き残り勝ち抜き戦を勝ち抜いた勝利者が存在しようが、この島は遊戯の終了後、廃却されるだろう。
ゲーム終了後、毒ガスを撒いて後始末をつける、と聞いた事があった。だがそれを樺地に伝えるつもりはない。また伝えてどうにかなる事でもないだろう。どちらにしても、この後輩は同じ選択をし、同じように行動するであろうから。
「・・・・・・冷める前に、どうぞ。お口に、合わないかも、しれませんが」
「ばーか。んな所じゃ、お目にかかれるとも思えねぇ『ごちそう』だ」
にっと、敢えて明るい声を出し、からかうような言葉を向ければ樺地の体からほんの僅かに緊張が解れたように見えた。そこまで気を使わせちまってるとはな、と己に悪態をつきたくなる。だが、そんな様を樺地に見せる事はできない。どのような状況においても、『跡部景吾』でなければならない。
「――――美味い」
「・・・・・・・・・・・」
「腕上げたな、樺地」
「・・・・・・・ウス」
世辞ではなく本心から褒めると、ほっと樺地の顔が嬉しそうにほころんだ。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
室内には熱々の雑炊に息を吹きかけ、それを啜り咀嚼する跡部の食事をする音だけが響く。
穏やかで静かな時間。今居る現実が嘘のように思えるが、だが紛れもない真実であるのだと逃避を赦さぬ己の一部が安寧を求める心を戒める。
このまま、何もせずにここに留まる事も可能だ。だが、そうはしないのが自分だという事も、わかっていた。
温かな食物を口にして、冷えた心の強張りが溶けていく。力が沸いてくる。遠くに感じつつあった思い浮かべる仲間の顔に、笑みが戻った。
もしあいつらがこの場に居れば、さぞかし騒々しかろうと思う。
樺地の料理はあいつらも知っている。きっと、争うようにして「一口!」とか言いながら群がり、気づけば空にされているのだ。
まだ、過去にするには早い。
呼ばれぬ名は‥・・生きている。生き延びている証拠。
あの馬鹿どもの顔が懐かしくなる日が来るなんてよ、と笑い転げたくなるような気分になった。
樺地手製の『ごちそう』を綺麗に食べつくし、体は満足している。
次は――――
心の『ごちそう』の番だ。
[ 2005.10.20 ]