237: 夢破れて    ※ バトテニ  (忍足&跡部)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
※ バトロワパロの為人死に話が絡みますので御注意下さい

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――ぶつ。
 音を立てて切れたスイッチ。
 暗闇に包まれた画面。
 エンディングのテロップが流れる前に強制的に終了された画面に、跡部は部屋の持ち主を軽く睨んだ。
「・・・・・・まだ終わってねぇだろ」
「余韻浸るような話やないやんか。なぁ、そんなん止めてこっちのDVD見ぃへん?」
「辛気臭ぇベタな恋愛もんだろ。もううんざりだ。それよかこっちの方がよほどマシじゃねぇか?人気の面でもな」
「人気があるからいうて、ええちゅうもんやない。嫌いなんや、あの手の話は」
「へぇ。平和主義って奴かよ」
「そんなんやない。そんなんやないけど・・・・」
 ふっと顔を横に逸らす忍足に、跡部はそれ以上の追及の手を止めた。
 デッキからDVDを取り出し、ケースに収める。同年代の少年少女がパッケージを飾る表面に描かれたタイトルは『バトルロワイヤル』。跡部達と同じ世代の中学生達が、生き延びる為に殺しあっていくサバイバルゲーム。
 理不尽な大人社会に翻弄される彼等の姿は、今の跡部達の生きる世界においてはありえない状況に身を置いている。それでも何故か、殺伐としたその内容が、人を殺すという行為が究極的な選択の中で容認されてしまうという、教育上には良くないこの作品は高い人気を得ている。
 元々は1冊の小説から始まったこの作品は、当初出版社側も難色を示したという事だった。数年の時を経て、映画という媒体を得、再び息を吹き返すまで埋もれていたこの作品は、キャストの妙もあって爆発的にヒットした。
 跡部とて、作品の全肯定をするわけではない。この作品を見て、自分のクラスメイト達が殺しあう事を妄想する子供が居るなどという病んだ話も聞く。その手の破壊衝動は、跡部にとっては縁遠い。ストレス社会と人は言う。だからといって、他者を傷つけることが快感に思えるなど、精神的に真っ直ぐである跡部にとってはどうあっても理解し難い。
 最後に生き延びた生徒の暗い瞳を思い出す。それは、勝利者の目などではなかった。未来を勝ち取った勝者の目ではなかった。暗い、絶望の淵を覗き込んでしまった者の、壊れた瞳。作り物だとわかっていても、そのシーンだけはひどく印象に残った。
 
「―――こないな世界に、生きとうないわ」
「そりゃそうだろ。好き勝手に命を弄ばれて、楽しい奴なんかいるかよ」
「それだけやない。俺らやったら、思うとな・・・・」
「アーン?てめぇにゃ、がつがつ突っ走る覇気もねぇしな。早々にリタイアってとこか?」
「そない早くは退場せんわ。ぎりぎりまでなぁ、跡部、守らなあかんし」
「んで俺だよ」
「当たり前やん。俺らの王様やし。生き延びんのは跡部や。誰に聞いても同じこと言うで?」
「・・・・・・俺が、てめぇらを殺す、とでも?」
「それ、俺らにとっては最高な死やな」
「―――――忍足」
「いややな。怖い顔せんといて。跡部がそないな真似できると、思うとる奴も居らんわ。俺らが勝手に跡部を生かすねん。俺らの誰でもない、跡部だけは、跡部にだけは、生き延びて欲しいんや。その為やったら・・・・殺すやろな」
「・・・・・・・・・・・・・」
 
 その時、忍足の顔は――――笑っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 緩い、覚醒。
 目覚めた瞳の先に見えるのは、青い空。深い森の中、鼻腔を擽る土の匂い。そして、すっかり馴染みを感じてしまってる硝煙の匂い。
 のろのろと、身を起こす。直接土の上に寝ていた為、体のそこかしこが軽い悲鳴を上げた。
 ほんの少し前。時とすれば数ヶ月程度の、春の息吹を感じる季節の中で、同じように青々とした葉を生い茂らせた木の根元において、温かな大地に寝転がり眠っていた。傍らには、ふわふわとたんぽぽの綿毛のような柔らかな髪が揺れていて、人の腹の上に勝手にのっかって惰眠を貪る幼馴染の姿があった。頬を引張っても、額を弾いても、鼻をつまんでもいっこうに起きようとしない、呑気者が居た。
 
「・・・・・・起きたん?」
「―――ああ。お前、起こさなかったな?」
「気ぃ張ってなぁ。跡部、ぐっすり寝とったし」
「馬鹿。持たねぇぞ」
「心配してくれるん?」
 にこと、嬉し気に忍足が顔を緩ませる。子供のような、無邪気な微笑だ。以前は見る事のなかった類の笑み。そして、昨日から忍足はこんな笑顔のオンパレードだ。
「当たり前だろうが」
「はは。嬉しいなぁ。ほんま、大丈夫やで。2、3日の徹夜でへこたれるような柔な体やない。あと1日、やしなぁ・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
 何気ない言葉にずきりと胸が痛む。
 あと1日。残り、1日。タイムリミットは目に見えて近づいていた。
 現在の生き残りは20名程度。総数の10分の1を切ったわけだ。
 無邪気に笑う幼馴染も、もう居ない。やたらと突っかかってきた、後を託す筈だった後輩も、もう居ない。貧乏くじも笑って引き受けてくれる、優しい笑顔のアイツも居ない。やたらと騒がしく、寄れば触れば喧嘩をしていた、けれども恐らく互いに深い所で一番理解しあっていた、あいつも居ない。振向けば必ず傍らに寄り添うように立っていた、寡黙で忠実な後輩ももう居ない。
 ざらざらと消えていく。思い出が喪われていく。大きく広がる笊の隙間を、友達が零れ落ちていく。
「跡部、飲んで」
「・・・・・・・・・・・・」
 差し出されたカップを受取る。最初に支給された水は、気をつけて消費をしていたけれどいつまでも持つものではなかった。人は食物を抜いてもしばらくは持つが、水はそうはいかない。残る手段としては、誰かから奪うか、どこかで得るかだった。蛇口を捻れば水が出てくるあたりまえの日常と違い、ここではそんなものはない。すでに人の気配の耐えた家屋では、蛇口を捻っても水は出ない。
 だが、その一角で幾つかのタンクに貯め置きされていた水を見つけた。それは二人の命を繋ぐには充分の量であって、少なくとも脱水症状で倒れる事だけは免れた。
 忍足がどこかから摘んできた葉を炒った茶は、以前ならば到底飲めたものではなかっただろうが、現在の跡部にとっては例えようも無いほどに爽やかな風味に感じられた。
「―――美味いな」
「せやろ?・・・・岳人にも飲ませたいなぁ」
「・・・・・・後で飲ませてやろうぜ」
「はは。岳人やったら、『茶なんて爺臭ぇっ!コーラ飲みてーっ!』とか抜かすんやろなぁ」
「ち。我侭な奴だぜ」
「ほんまやわ」
 くすくすと笑う忍足につられたように、跡部も軽い笑い声を立てた。
 向日の名は、まだ上がっていない。あまり深く物事を考えない奴なので、突っ走って自滅しかねないと思っていたが、その予測に反して向日は生き延びていた。だから、可能性はある。生きて、再会できる可能性はあった。
 その場が殺し合いの場になるなどと、跡部は考えていない。忍足も考えていないだろう。向日は向日だ。どんな状況になろうと、こんな状況になろうと、それに間違いはない。跡部には絶対の自信があった。
「・・・・跡部、何の夢見てたん?」
「夢?」
「泣きそうな・・・・怒鳴りそうな・・・・変な顔やったで」
「俺様の顔を批評する気か。いい度胸だな」
「はは。どないな顔でも、跡部は綺麗やけど」
「嘘寒ぃ事抜かしてんじゃねぇよ。―――夢、か。何だろうな。どっちが現実なんだか、わからない夢だったな」
「・・・・・・・・・・」
「向こうの俺は、こっちの世界を作り物の話として見てんだよ。BR法なんてない世界だ。普通の中学生で、普通にテニス三昧の日々で、普通にてめーらが笑い合ってる、殺しあう必要なんかない、普通の世界だ。そこで、『バトルロワイヤル』ってぇタイトルの映画をDVDで見ていた。自分とはかけ離れた世界の話として見ていた。そこでてめーが抜かしやがる。『――俺らが勝手に跡部を生かすんや。俺らの誰でもない、跡部だけは、跡部にだけは、生き延びて欲しいんや』―――勝手、抜かしやがった」
「―――何や、どこでも同じやなぁ」
「忍足?」
「夢やないんとちゃうか?こことは違う、別の世界の話を跡部は見たのかもしれへん。そこでも、俺らは俺らっちゅう事や」
「・・・・・何が言いてぇ」
「俺も、その『忍足』と同じ想いやねん。いや・・・・俺ら、やろな。外したら、あいつらに怒られてしまうわ」
「誰が、今更怒るってんだ」
「怒るで?跡部はなぁ、俺らの夢やった。絶対に敗れへん、夢やった。試合の勝ち負けの事やないで?」
「・・・・・・夢なんざ、破れちまっただろ」
「ああ。これが、現実や。楽しい夢は、破れてボロボロや。それでもなぁ・・・・・・・・俺らには・・・・跡部だけ、なんや」
「・・・・・・・・・・・っかやろうが」
 
 そうして笑う忍足の顔は、夢に見たあの『忍足』の顔と、まったく同じ表情だった。
 
 
 
 
 
[ 2006.10.15 ]