※ バトロワパロの為人死に話が絡みますので御注意下さい
暑い夏の一日だった。
ジージーと、蝉の鳴く声にじっとりと咽元を流れる汗の不快感が増した。
鍛錬によって噴出される汗の類は馴れたものだったが、異常気象による過剰なまでの湿度とむっとした熱気により迫り出される発汗には爽快感を感じようがない。
地面も熱を放ちむわっとした空気の中、朦朧とまではいかぬものの幾分意識が鮮明さに欠ける。
テニス部の責務より望まぬながらも開放された夏の一日。夏期休暇内において生徒達が一斉に集められる登校日。
長期の旅行に出かけている者などがちらほらと休みをとっていたが、殆どの者はきちんと登校してきた。テニス部元レギュラー陣とも、久々の顔合わせである。
後輩達に喝を入れるか?という意見も上がったが、樺地経由で報告を受けている限り、気の抜けた様は見受けられないようだった。
むしろ今は下手に顔を見せない方が良いだろうと跡部は判断する。彼らは彼らで新しい時代の礎を作り上げなければならない時なのだ。
過去である自分達がいつまでも関わっていては、再構築もままならない。なるべく早く親離れをさせた方が良いと跡部は判断した。
「行かねぇ」とあっさり言い切ると、水を向けた忍足は意外そうでもなく「そか」と答えただけだった。恐らくは跡部の返答を予測していたのだろう。
何のかんのいって短くない付き合いである。思考経路はお互いある程度把握していた。
「それやったら、帰り、ちょぉ寄り道していかへん?」
「寄り道?」
怪訝気に眉を潜めるとにぃと笑う悪戯っ子のような顔。向日と忍足はよくつるんで行動していたが、跡部に対してこういう誘いを向けてきた事はあまりなかった。
「スクール行くんやろ?時間ないん?」
「いや。今日はジムへ行ってトレーニング中心にするつもりだ」
「へぇ。跡部グループ関連のジムやろ?設備もええんやろなぁ」
羨ましいで、と本気で羨んでいる表情を見せられて、何となくねだられた気分になる。
「お前も来るか?ゲスト扱いしてやる。トレーナーはつかねぇけどな、設備だったら好きなの使えるぜ」
「ホンマ?持つんは金持ちの友人やな〜」
「言ってろよ」
揶揄るようにちゃかされても、忍足の言葉には不思議と腹が立たない。そこに昏い嫉みの類の感情が無いせいだろうか。
曲者であるのは間違いないが、忍足から向けられてくる感情に悪意を感じた事はない。
今まで部長と部員というのが基本姿勢ではあったのだけれど、忍足との間には確かに友情という絆が結ばれているのだろう。
ジムに赴く為、あまりにうだるような暑さに互いに閉口しつつ歩いていた。
途中、忍足が「あ、此処や、此処」とぐいぐい腕を引っ張るのに抵抗しきれなかったのは、暑さのせいである。
日本の纏わりつくような夏の湿気の不快度は、跡部にとって慣れるものではなかった。
「跡部、何するん?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
あれよという間に引っ張りこまれたのは小さなアイスクリーム店だった。店内に入った途端ひんやりとした空気に、思わず一息つく。
そのせいであまりに場違いな場所だという事に反応しそびれた。
幸いにして普段は女で賑わっているであろう店内は比較的空いていた。が、雑踏を歩いていてすら一際目立つ派手な顔立ちの跡部と、また系統は違うけれども整った容姿を持つ忍足との組合せはやはり店の空気にはそぐわなかったか、少ない客ばかりでなく店員達までもが色めき立っている。こういう場に慣れているのか忍足は愛想良く「オススメは何やの?」とにこにこ笑いながら聞いている。調子のいい奴、と思わないでもないがそれが忍足のカラーではあった。
「な、跡部もはよ決めぇ」
「・・・・・・・甘くねぇ奴」
「そないなアイスあるかい!わかった。さっぱりした奴でええな?姉さんら、そのカシスとレモンのシャーベットダブルでひとつ頼むわ」
「はい。ありがとうございます―♪」
「何でもいいが買ったら出るぞ」
「あ、ちょぉ待てや!!お代、此処置いとくで〜」
さっさと店の外に足を踏み出した跡部を忍足が慌てた風に追いかけてきた。その両手にはちゃっかりとアイスを二つ掴みながら。
そのまま再び、むわむわする空気の中を歩き出す。跡部の手には忍足から押し付けられたアイスが握られていた。
「食わんと溶けるで?」
「・・・・・・・そうだな」
促されて右手を見れば、ドロドロとはいかぬまでも溶け掛かっているアイスがあった。自分から買う事はないが、まぁ食うだけは食うか・・・・と口元に運ぼうとして、その行動が少しばかり遅かった事に気づかされる。
パシャン、と音を立てて滑り落ちる朱の塊。
びっと路上に赤く弾けとんだアイスクリームであった物体。
「あーあ。何しとるん」
「‥・・・・悪ぃ」
呆れたような忍足に詫びる。明らかに非は跡部の方にあった。
パシャン、と弾け飛ぶ。
地面に広がる―――朱。
―――であった‥‥・・モノ。
あーあ。
何しとるん・・・・・・
呆れたような、笑いを堪えたような、声が聞こえた。
聞こえる筈の無い声が、耳に届く。
脳に響く。
幻の声が、聞こえてきた。
[ 2005.10.16 ]