揺れる心



(※ パラレル長編小説 『K』 の設定をお借りしています)
 
 
 
 
 
 
 
 人間とは弱い存在だと、ずっと思っていた。その身を引き裂く事は容易い。僅かな魔力を放つだけで存在そのものを消し飛ばしてしまうであろう。
 油断をすれば以前のように、致命傷に近い傷を負わされる事もある。彼等は集団で、知恵があり、武器がある。それでもなお、か弱き存在だと思える。特に子供という小さく頼りない存在を目前にしていると、そう思えてしまうのだ。
 
「跡部は子供に好かれるな」
「・・・・・・はぁ?」
 留守居を頼まれ、手塚と二人、孤児院へと残る事となった。最後まで忍足あたりはごねていたが、仕方がない。それぞれの役割というものがある。否応なしに引っ立てられていく忍足の背を、跡部はさっさと行けとばかりに追い払った。
 どちらにしても、忍足は最初から留守番役から外されている。孤児院を取りまとめる存在である伴じいと呼ばれる存在の、横のつてから来た依頼の為だ。そこはこの辺りに集落でも貧しい者達を対象として治療行為を行う施療院で、悲鳴混じりの救援依頼だった。
 治癒能力を持つ忍足の存在を聞きつけた彼等が、少しで良いから力を貸して欲しいと泣きついてきた。普段治療にあたっている施療師が高熱で倒れ、どうにもならない状態になっているのだという。
 明日には代替の者が来てくれる予定となっているので、それまで少しで良いから緊急の治療を要する者だけでも診て欲しい、と頼み込まれれば断る事などできない。
 こういう場合、役に立つ者と立たぬ者は見事に分かれてしまうもので。簡易ながら医療を学んでいた大石は、乞われて臨時の補助役となった。千石はそこの施療院に知り合いがいるとかで、一人でも行くと言って聞かなかったし、(苦笑混じりに南が言う所、その相手は可愛い女の子という事らしい)、自然、南も付いていく事となった。
 そうして残ったのは、施政者として必要な事は学び、また戦士としても類稀なる能力は持つが、そういった方面には関わりを持ってこなかった一国の王子である手塚と、悪魔である跡部の二人だった。
 孤児院で召喚士をしている亜久津は、別件で孤児院を離れなければならず、その事に大層な危惧を抱いていたが、手塚の出自もあってか信用する事にしたようだ。ただし、出掛けに跡部に挑戦的な視線で一瞥を残してはいったが。
 用件がら仕方のない事とはいえ、残されたのは子供という存在から縁遠い生活を送っていた二人で。一方が王子で一方が悪魔ではそれも仕方のない事かもしれないが、それぞれ別の意味で困惑していた。
 忍足も大石も、子供の扱いには長けていたので、孤児院に着いた当初より、子供達の世話をよく看ていた。どうしたら良いかわからず、それを遠巻きに見ていたの手塚と跡部であって、これはひとつの試練と言えるのだろう。
 子供達は少しばかり離れた位置から、こちらを見ている。特に子供達が興味を示しているのは、跡部に対してだ。後の面倒を避ける為、跡部が悪魔である事は明かしていない。千石もそのあたりはよく理解しているようで、逆に千石よりも危なっかしいところを見せる南の言動をフォローする真似なども見せた。
 だから子供達は、跡部の事を「今まで見た事がないぐらいに綺麗な人」という認識しか持っていない。そして、千石が楽し気にまとわりついている様子も見ているので、「優しい人」とすでに認識していたりする。
 うずうずと、今にも駆け寄ってきそうな気配を感じて跡部は困惑を抱いていた。それはマスターである忍足や、天使の菊丸から放たれる波動に似通ったものであったのだ。
「――任せた」
「おいっ?!」
 ある意味緊迫した、あと一歩をせき止められている子供達の存在と、戸惑う素振りが傍目にもわかる跡部とを交互に観察していた手塚は、跡部の肩を軽く叩くと一歩ばかり壁際に身を引いた。それが合図となったのか、子供達がわっと歓声を上げて跡部の方に駆け寄ってくる。
「ちょっ!待てお前らっ!」
 その百倍を越す数の悪魔が相手であろうとも、造作もなくなぎ払うであろう恐るべき力を有する跡部は、次々と圧し掛かってくる子供達の群れに、なす術もなく飲み込まれていった。
 その光景を、少し申し訳なかっただろうか?いやしかしすごいな‥などと、跡部に同情を抱きながらも、己が身の安全を確保した手塚は、背を壁に預けたままで感心したように見守った。
 結局跡部は、お絵かきに付き合わされるは、何やらままごとまでやらされるわ、果ては腕から肩から頭からとよじ登られ、「俺は山か?!」と何度か叫んだり、「好い加減にしねぇかっ!」と怒鳴りつけたりと、さすがに全てを為すがままというわけにはいかなかったのだが、それでも叱る言葉も子供達にとっては亜久津という存在で慣れたものであったし、跡部が殴ったり蹴ったりと子供達を傷つけたりはしないと、本能的に察している子供達は、きゃらきゃらと楽しそうにまとわりつくばかりで、昼寝の時間が来る頃にはげっそりと疲れ果てた屍のような跡部が残るばかりとなっていた。
「おつかれ」
「―――てめぇ」
 子供達が寝付いても、ぐったりと床に座りこんだままの跡部に、温かな飲み物を差し出してきた手塚は、感謝の言葉を向けられるではなく、刺すような敵意の視線をむけられる。まぁそれは当然の事だろう。完全人身御供とされた相手が、そう仕向けた当人に怒りを向けぬ筈がない。
「すまない。子供は苦手なんだ」
「俺はそれ以前だっ!」
「だが、千石も懐いていたようだし、跡部は子供に好かれるな」
「・・・・・・はぁ?」
 と、ここで先の会話に繋がるわけである。
「飲んだ方が良い。薬草を混ぜてあるから、少しは疲労を回復できるだろう」
「――礼は言わねぇぜ」
「まぁ当然だな」
 むっとした表情でカップの中身を煽る跡部に、手塚は苦笑を浮かべる。いままで、跡部にはそこそこ好意的評価されていた。しかしここで大分株を下げたかもしれない。そう危惧する手塚の脳裏には何故だか満面の笑みで万歳三唱を繰り広げる忍足の姿。大人気ない奴だ、と想像の中の忍足に呆れる手塚だった。
「ったく、存外役に立たねぇ奴だよな」
「前科があるような事を言わないでくれ」
「あんだろうが。あの馬鹿どもが、阿呆臭ぇ呼び名をつけようとした時、てめぇ逃げただろ?」
「ああ、あれか」
 言われて思い出すのは、自分の相棒を含む天使二人と、跡部のマスターである忍足達が、「景ちゃん」「けごたん」と、いやそれはかなりアレだろうという呼び名をつけようとした時の事だ。手塚的には理解し難い思考であるし、自らがそんな風に呼ばれたら顔面蒼白どころではないが、何しろ相手が相手だ。結束したあの3人に対して強く言う事も出来ずに、結局無難に逃げた事を批難され、確かに身に覚えのある事なので「悪かった」と侘びを入れた。
「・・・・・・今更だけどよ。手塚、お前の言葉ならあいつらも聞いたんじゃないのか?」
「生憎だが無理だろうな。今後も自力で何とかしてくれ」
「―――使えねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 がっくりと項垂れる跡部に、心外な――とは思ったが、最初から白旗を上げて見せたのでは、そう言い切られても仕方がない。
「こんな風にしていると、共存できるのではないかと思えてくるな」
「無理だろ」
 眠る子供達の姿を穏やかな目で見つめながら、手塚がふいに言った言葉を、跡部は即座に否定した。
「跡部?」
「・・・・・・ここで、俺が『悪魔』だとわかれば、こんな風になんかしていられない」
「だが」
「気づかれなければ、人間の世界に紛れ込む事もできるのは乾と一緒に居て知った。だけどな、やっぱり違うんだよ。あの亜久津も気づいただろ?わかる奴にはわかる。俺が人間じゃねぇって事をよ」
「それは、忍足の前では言わないでくれ」
「忍足?なんであいつの名がここで出てくるんだ?」
「説明するのは難しいな。だが、隔てるような事を、あいつの前では言わないで欲しい」
「・・・・・・一応、考慮しておく。だがよ、こいつらが『俺』に慣れちゃ、不味いんじゃねぇのか?」
「どういう事だ?」
「悪魔は人間を嫌う。人間は悪魔を恐れる。人間は悪魔に襲われた事からくる後天的な恐怖と憎しみだ。だが悪魔は違う。先天的な、本能的なものだ。もしこいつらが、ひょいひょい悪魔に近づいていくようになっちまったら、やばいなんてもんじゃねぇだろ。千石あたりなら、その心配もなさそうだが」
「跡部のように、例外の悪魔が存在するかもしれない」
「可能性はあるかもしれない。だが、俺は一度も出会った事はない」
「――そうか」
 跡部の言葉を、手塚は胸の内で重く受け止めた。跡部という悪魔の存在を知る内に、もしかしたら――という希望が沸きかけていたのだ。けれども、先の列車の件がある。もし、跡部のような特別な悪魔が他にも存在したとしても、人間の側があれでは難しいどころの話ではない。跡部の言葉は、それを深く再認識させた。
「だが・・・・・・跡部は俺達の、仲間だ」
「物好きだよな。――お前達は」
 ふっと、寂し気な表情が跡部の顔を掠めたように見えたのは、見間違いだったのだろうか。こんな時、忍足あたりならばもっとうまい言葉を言えるだろうに。それからしばらくして忍足や大石が千石達と帰ってくるまで、手塚は跡部に話しかける事もできぬ自分を歯痒く思っていた。
 跡部の方はといえば、手塚が黙り込んだ理由を特に深くは考えなかった。元々、手塚は寡黙な男だと思っているという事もあってだが。
 文句は言ったが、手塚の横に居るのは嫌いではなかった。忍足のように、心騒がされる事がないからだ。仮定の話でしかないけれど、こいつがマスターだったら楽だったのにな、と思わなくもない。あんな騒々しく落ち着かない奴ではなくて――などと思い浮かべた時に、ちょうどその当人が帰ってきた。
「景ちゃん、帰ったで。手塚に悪さされへんかった?」
「――阿呆か、てめぇは」
 帰ってくるなり跡部に駆け寄り、抱きつかんばかりの忍足から、跡部はあからさまに身を引いた。精一杯働いてきた忍足としては、跡部から「お疲れ様」とか「頑張ったな」とか慰労の言葉を(笑顔つき)貰いたかったのだが、そうそう甘いわけがない。
 ははは、と相変わらずな二人の様子に硬いながらも笑いを浮かべる大石に、手塚はその後の様子を聞きながら、こちらは特に問題はなかった、と伝える。
「子供は加減を知りませんから相手をするのは骨だったでしょう」
「いや。殆ど跡部が受け持ってくれたからな。楽をさせて貰った」
「・・・・・・跡部が?」
「子供は純粋だ。敵か味方か、見極めるのが早い」
「そう、ですか」
 ひっかかりは、未だに消し去る事はできない。けれども、以前のように否定ばかりするのは間違いではないかと、思い始めてきた大石である。何かを考えるかのように沈黙する姿は、内心の葛藤を抑えつけているかのようである。だが、以前のような危なっかしさは薄れつつあるように手塚には見えた。
「二人きりで大変やったんやないの?」
「ばーか。てめぇと二人きりよか、手塚と一緒の方が余程楽だ」
「ちょっ!そらないやん!手塚!景ちゃんに何したん?!」
「・・・・・・馬鹿な事を言うな。跡部がそう思った。ただそれだけの事だろう」
「まぁな」
「何でや!何で手塚にはそないに素直やねん!わいの言葉にそないに素直に頷いたことないやろ?」
「当たり前だ。手塚と忍足とは違う。手塚は無駄な事言わねぇし、人間の中じゃぁ、信頼ってやつか?できる方じゃねぇの?」
「信頼してくれるのか?有り難いな」
「・・‥手塚の事は、乾も言っていたからな」
「なぁっ?乾が何やて?そや!乾と人間の街に行ったとか言うとったけど、どういう事なんや?」
「――煩せぇな。誘われたから行っただけだ。まぁ、有意義な二週間だったがな」
「に、にしゅうかんっ?そないな期間、二人っきり?ど、どういう事やねん〜っ!!」
「そうか。乾が迷惑をかけたようだな」
「別に。悪くはなかったって言っただろ。まぁ変な奴だけどよ」
「あいつも悪い癖さえ抜ければ、そう悪くはない奴なんだがな」
「手塚の事も言ってたぜ。『あの堅苦しい所を少し力を抜けば、もっと付き合い易いんだけどね』だと」
「‥‥‥乾の奴」
 騒ぐ忍足を尻目に、手塚と跡部はここには居ない怪しい眼鏡の研究者の話題で盛り上がっている。
「ふ、二人でわかりあっとらんで、わいも仲間にいれてや!」
「忍足、煩ぇ」
「忍足、煩いぞ」
 泣き縋るような忍足に、二人の冷たい視線が両方向から突き刺さる。放つ言葉も見事なユニゾン。見事なまでの気の合いようだった。
「あはは。おじさん、苛められてるね」
「はは。いやまぁ、あの二人にそんなつもりはないんだと思うけどね」
「‥‥気の毒に」
「いやぁ、仲良き事は良い事ですなぁ」
「―――けっ」
 
 穏やかな空気の中に、孤児院に夜の闇が訪れようとしていた。


 
 
 
 
(2007/01/04)
22222HIT の凪人様へ。
リクエスト: 「忍足苛めで手塚&跡部」
 
※ 今回の話は、『流幻』 凪人さんの書かれる長編小説『K』の設定をお借りしております。



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