あの暑かった夏が通り過ぎ、秋の涼しさも深まり、冬の気配をも感じるようになった頃、全国から選りすぐりのテニスプレイヤー達を集めたJr選抜の秋合宿。
選抜の対象となったのは、やはり全国大会において破竹の快進撃をやってのけた青春学園のテニス部部員達を軸に、前年の覇者であり、その大会において青春学園に破れはしたものの、王者の名はやはり揺ぎ無くその頭上にある立海大附属、そして四天宝寺や不動峰、そして氷帝学園や山吹中など、それぞれ名の通ったプレイヤー達が集められた。
「よぉ、しばらくぶり」
「・・・・・・・・そのようだな」
青春学園の用意したバスに乗り込んできた青学の生徒達が、ぞろぞろとバスから降りてくる。当然ながら、先陣を切るのは部長である手塚国光。
いや、三年生である手塚は、すでに引退しているので元部長であるのだが、こういった際への引率者としては、まだ物慣れぬ新部長では頼りない。そこで手塚にお鉢が回ったのだろう。それは、跡部にしても同様であるが。
むっつりといつにも増しての仏頂面の手塚は、ちらと一瞬跡部に視線を走らせただけで、そのまま場を去っていこうとする。わざわざ出迎えに来た跡部が拍子抜けするぐらいの素通りぶりだ。いや、ライバル校の元部長同士であるので、馴れ合うような関係ではないといえばそれまでなのだが。
実際、手塚のそのような態度を青学部員達は不審に思っていない。また跡部が手塚に絡んでいると、数名が非難の目を向けている。
「手塚?」
「用は特にないのだろう?ならば行かせて貰う。荷物を片付けなければならないからな」
「・・・・・随分素っ気無いじゃねぇのよ」
はっと肩を竦める跡部に、おやという視線が周囲から集まる。青学メンバー達は、何かというと手塚に突っかかる跡部が手塚の態度に激昂するか騒ぎ立てるかと、警戒していたのだが、どうやらそういう様子はない。ただ、先程より2度は周囲の温度が冷えた気がする。その冷気の発生源は間違いなく跡部だ。手塚を見る視線といえば、その日本人にはない色合いも相まって氷のようである。
「―――――それはお前の方だろう」
「アーン?」
無視するであろうと思っていた手塚が、跡部の言葉に反応し足を止めた。くるりと振り返ると、真っ直ぐに跡部を見据えるようにして睨みつけている。普段から目つきが良いとは言えぬ手塚であるので、その視線は鋭く重圧感がある。そこで青学の部員達ならば脅えもしようが、相手は氷帝学園跡部景吾。手塚の視線を真っ向から受け止めていた。
「メールひとつ寄越さないとはどういう了見だ?」
「・・・・・・・ア?この合宿の事か?んなもん、現地に来てみりゃわかる事だろ。大体、この俺様が選ばれないわけがねぇし、てめぇにしたところでそうだろ」
「それもあるが、普通は祝いの一言もくれるものではないのか?」
「・・・・・・・なるほどね。誕生日の事かよ。ったく、今更んな昔の事蒸し返しやがって」
「2週間だ」
「ああそうね。前もって言っといたろうが。時間を取れそうもないから、祝う事はできねぇってな」
「だが電話の1本、メールの1つぐらいは送れるだろう」
「色々あったんだよ。余計な事に取られる時間はなかったんだ」
「なるほど。俺の誕生日はお前にとって余計な事なのだな」
「言葉尻捉えて揚げ足取んじゃねーよっ!俺の時もできねぇっただろうが」
「日を改めてででも良いのではないか?俺はお前の誕生日を祝いたいし、お前に俺の誕生日を祝って欲しい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・正直だな」
「そうしないとお前は取り合ってくれそうもないからだ。お前はどうなんだ?やはり無駄だというのか?」
「・・・・ちっ。わかったよ。だが、今は駄目だ。その話はこの合宿が済んでからにしろ。いいな?」
「・・・・・・・・・・・・」
「拗ねんじゃねぇよっ!ったく、こんなに面倒な奴だとは思わなかったぜ。ジローの奴より世話が焼けやがる。いいか?てめーは此処に何をしに来た?テニスだろ?」
「それはそうだが、それとこれは別問題だ。俺にとって跡部は――」
込み上げる思いを溜まりかねたかのように訴えようとする手塚を、跡部は慌てて止めた。こんな場で切々とやられても困るだけである。何といってもギャラリーが多すぎる。
「待てっ!それ以上ここで言うんじゃねぇっ!口にしやがったら、この合宿中、俺様はてめぇを存在しない者として扱う。一切合切関わらねぇぞ」
「・・・・・・・・・・」
「よし。大人しくしてろよ。ああ、わかったから。仕方ねぇな。さっきの件は日を改めて。これは譲れねぇ。ただし、この合宿中、一つだけてめぇの言う事を聞いてやる。それでどうだ?」
「それが祝いの代わりになるという事か?」
「んなケチ臭い真似はしねぇよ。前払いの御褒美てとこか」
「そうか。ならば――『耳掻き』を」
「耳掻きぃ?」
「そうだ。耳掻きを使って、耳掃除をして欲しい」
「てめぇの耳を?」
「そうだ」
「この俺様が?」
「そうだ」
「・・・・・・・・・・・・・・わかった。ならば、さっさと荷物を片付けて来い。いや、部屋に俺も行く。その場でやってやるよ」
「いや。ロビーででも待っていてくれ。そこでやって欲しい」
「・・・・・・・・何なんだよ、てめーは。恥ずかしくねーのか?」
「恥ずかしいと思う理由はないな」
「てめーがそれでいいってんなら、構わねーけどよ。ロビーにゃ、ちょうど横になれるぐらいのソファもあったしな」
「了解した。すぐに、向かう」
「・・・・・・・・焦んなよ」
今にも駆け出しそうな手塚の様子に跡部は呆れたような表情になる。よほど、ストレスの溜まる事でもあったのかと、一応手塚の身は気遣ってはいるものの、結局の所真意は伝わっていないようだ。
「アレって痴話喧嘩にしか聞こえないにゃー」
「言うな菊丸!聞きたくない。俺は聞きたくないぞ」
「大石、そんなに必死に耳を抑えなくても良いのに。ついでにアトベーに耳掻きして貰ったらどうかにゃー?」
「ばっ!そ、そんな恐ろしい事を・・・・」
「そうだね。今の手塚の邪魔をしようものなら、本気で命の心配をした方が良い気がするよ・・ふふ・・」
「――意外だな。手塚にあれほどまでに子供じみた面があるとは。ふむ。新しい発見だ」
「・・・・・・・・・・・・まだまだだね」
氷帝と青学の両元部長の攻防を、少し離れた位置で見守っていた青学部員達は、自分達の頼れる元部長の秘めたる面を、困惑をもって迎えた。どうやら自分達の知らぬ所であの、無駄に派手派手しい氷帝元部長の跡部景吾とは親交を深めていたようで、しかもその仲はただならぬと言っても過言ではない様相で、戸惑う事しきりではあったのだが、何にしろそこはあの青学部員達である。早々に衝撃から冷めると、良いネタを拾ったとばかりに、合宿の一つの楽しみができたと内心ほくそえむ者が殆どだった。
荷物を置き次第すぐに行くと手塚は宣言していたが、実際に手塚が跡部の元に現れたのはあれから1時間程後の事だった。
しかしながら、跡部の方とて別段待たされたわけではない。青学のメンバーが到着したとの報が届くと、監督・コーチの面々からの話があるという事で、手塚は引張っていかれたのだ。大体1時間が手頃なところだろうと判断した跡部は、その間に済ませられる用事は済ませておいた。だから、待たされたという事もなく、現れたのはほぼ同時の頃合だった。
「待たせたか?」
「いや。様子を見ていたからな。こんなところだろうと当たりをつけておいた」
「そうか。すまない」
「だから、待ってねーっての。おら、愚図愚図してねぇで、横になれ。さっさと済ませてやるよ」
「別に急ぐ事はないだろう。慌てる乞食は貰いが少ないと言うしな」
「何の関係があんだよ。別に3分で済ませるつもりはねぇよ。まずはてめーの耳の状態を見る必要があんだよ。コナ耳か、アメ耳かによって、対応するブツが変わってくるからな」
そう言って跡部が三種の神器が如く取り出したのは、材質も形状も異なる多種の耳掻きであった。べっ甲製品から、鯨の髭に至るまで、その種類は多様化である。金色に眩く光煌く耳掻きに至っては、ほぼ間違いなく金メッキなどではありえなく、100%純金だろう。
「用意がいいな。いつも持ち歩いているのか?」
「んなわけねぇだろ」
「まさか、他人の耳掻きをするのが趣味という事は・・・・」
「ないっつーの!下手な勘ぐりすんじゃねぇ。出迎えた後に用意したんだよ。俺様は、やるからには徹底的にやる。妥協するつもりはねぇからな」
ふふんと鼻を鳴らしつつ、胸を張ってみせた跡部には、子供っぽい誇らしさが滲み出ていた。手塚のように分厚いフィルター越しに見る者にとっては、まさにたまらん可愛らしさ――なるものだったりする。あくまで一部限定だが。
「そうか。俺の為にわざわざ・・・・有難い話だな。それで、その格好も、この為なのか?」
「さすがの俺様も他人の耳掻きの経験はねぇからな。実をいうと、彩菜さんに電話をして聞いた」
「母に?」
「ああ。家庭的な話ったら、彩菜さんが適任だからな。彩菜さん、笑ってたぞ。てめー最近では彩菜さんが耳掻きをしてくれるというのを断ってるらしいじゃねーか」
「・・・・・・・・・・・・」
「まぁ、母親相手だとやっぱ恥ずかしいもんなのかもしれねーな。彩菜さんの話だと、なるべく肌の密着する格好の方が良いとか・・その方が手塚が喜ぶってぇ話だった。意味がよくわからないが、こいつはテメーへのサービスだからな、アドバイス通りにしてみたぜ」
「―――そうか。母に感謝だな」
「なのか?」
「気にするな。そうだな、帰る前に母の喜びそうな土産を忘れぬ事としよう」
手塚は腕を組み、満足そうな表情でそう言い切った。その目線は、ソファの上で寛ぐ跡部の足元へと注がれている。すんなりと伸びた形の良いのびやかな脚の膝から下が、惜しげもなく曝け出されている。恐らくはトレーニング用の替えの短パンなのだろうが、こういった場で見ると別種の趣があるな・・・・などと、変わらぬ表情の下で手塚は考えていた。
跡部の体からは、ふんわりと洗いたてのボディソープの香りが匂い立つ。いつも愛用しているらしい香水も良いが、こういうのもいいな・・・・などと手塚は一人悦に入っていたりする。
「―――手塚って結構むっつりだよね」
「ああいうタイプは内面で何を考えているかわからないからね・・ふふふふふ」
「はははは。それは手塚からすると乾にだけは言われたくないんじゃないかな、ははははは」
和やかな微笑みを浮かべ(一部怪しげ)ながら、離れた位置から彼等の元部長を見物していた青学の不二・乾・大石は、三者三様の意見を放ちながらも、それぞれ手塚の秘めたした心を見抜いていた。
「オラ、さっさと横になれ。俺様が膝を貸してやる、破格の大サービスだ」
「有難く頂戴する」
「・・・・・・・・そこまで堅苦しく返す事ないだろ」
「千石のように軽く言えとでも言うのか?お前がそう望むのならば、努力しないでもないが」
「いややめろ冗談じゃねぇ。いいからさっさと始めようぜ」
「ああ」
跡部に促されるままに、手塚はソファに乗り上げ、跡部の太股の上に頭を乗せた。
「――ふ、ん。結構溜まっていやがんのな。俺様が、すっきり抜いてやるよ」
「・・・・・・・・・・・・言葉だけを聞くと微妙だな」
「アアン?」
「いや。何でもない」
「わけわかんねぇ奴だな。ひとまず、取れる分だけ取りきった方がいいな。スパイラルを使うぜ」
「任せる」
「あんま、すっきりはしねーだろうがな。何度か抜いたら、スス竹ので掻いてやる。こいつが一番爽快感があるんだぜ?」
くるくると跡部の手の中で、耳掻きが華麗に回る。サイドのテーブルには、布地の上に幾種もの耳掻きが並べられていた。随分と用意の良い事だ、と手塚は跡部の膝の上に頭を乗せながら感心した。通常、耳掻きとして使用するのは一般的な竹のタイプが基本だ。安価であるし、一番出回っている。格別特徴があるわけではないが、使い易さの面からいっても可もなく不可もなく――ようは、順当なのである。
布地の上には、手塚の見た事がないような耳掻きが殆どだった。白い素材は恐らく象牙で、先端が黒く上部の方が色違いとなっているのはべっ甲だろう。形状は一部を除いて似通っているようにしか見えないが、何か違いがあるのだろうか。そういえば、跡部は「スパイラル」なるものを使うと言っていた。
耳の中に挿入された耳掻きが、周囲を掻くようにして動いている。削りとっているという感覚は感じないのだが、跡部の手の淀みない動きといい、目的は果たしているのだろう。
「ふーん。なるほどね。結構取れたぜ?」
跡部が目の前にかざしてきた耳掻きの先端の、螺旋状の隙間と隙間には耳垢が埋まっている。それは手塚の耳から掻き削られた耳垢なのだろうが、それだけ取ったという程の爽快感はなかった。
「あまり、すっきりはしないな」
「あぁ?最初は削るだけ、つっただろーが。んなに言うなら、今度はすっきりさせてやるよ。爽快感といえばステンレス製かスス竹製だよな・・・・」
ぶつぶつ呟きながらも、手元だけは丁寧に。跡部は真剣な面持ちで、手塚の耳掃除を行っていた。
一方には下心有りの、一方には純粋なる探究心を伴うこの行為。傍から見れば、単にいちゃついているようにしか見えない。合宿所について早々に手塚が跡部にその行為を求めた事といい、周囲への牽制であろう事はほぼ間違いないのだった。
―END―
(2006/06/29)
10000HITリクの春日様へ
リクエスト: [ 跡部と耳掻き ]